その他連作 | ナノ

 序




 ああ、そうか、これが地獄か。雪の降り積もる街の道端で座り込みながら、少年は明瞭にそう思う。地獄絵図の描かれた極彩色の絵本を捲る母の指を思い出した。美しい母は貧しさにいつしか窶れ果てやがて流行り病を得て死んだ。男子たるもの、女子の一歩後ろをついて歩くものだといつも言っていた母だった。
 父はいない。あんな男は、父ではない。そしてあの男の元に残ったあの娘も、もう、妹ではない。
 段々と、言葉が湧かなくなってゆく。
 もうじき、俺は、死ぬのか。


 かじかむ指を握りしめ、少年は俯いた。もう、眠い。眠ってしまったら、きっと翌日死体で発見されるだろう。それもいい。奴等に知られないまま、ひっそりと命を落とすのだ。

「おい坊主。そこで何してる」
 強面の大男が、少年の顔を覗き込んでいた。彼が着ているモコモコした服には「花屋桜庭」と書かれている。花屋。生花を売っているのか。少年にはそれがひどく男らしい仕事のように思えた。

 少年は、頭を懸命に動かして一言答えた。
「凍えてます」
「おいおい。家はどこだ?」
「ありません。母が死んで、追い出されてしまいました」
「……とりあえず、うちに来るか。凍えなくなるぜ」
 男は少年の手を引き、自分の車の助手席に座らせた。記憶にある情けないあの男と似ても似つかぬ大きな手に引かれたこの日の記憶を、少年は生涯忘れないことになる。





 

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