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 第一話 故郷への帰還

――昨夜より意識不明の菊池家当主・菊池路夫氏が、本日未明病院で息を引き取った模様。警察は事件と事故の双方で捜査を続けています。



 テレビに映る友人の名前と顔写真を見ながら籠宮牡丹は昨夜のことを思い出す。そういえば昨夜は帰宅して早々風呂に入って寝たな。翌日は終業式ということで焦っており、一度もテレビを点けなかった。しかし昨日テレビを点けたとしても、朝のニュースで幼なじみの訃報を聞く羽目になるのは同じだったろう。合掌。
 そして慌てて実家に電話をかける。きっと地元は大騒ぎだ。




第一話 故郷への帰還




 牡丹は大学進学のために上京するまで、かの菊池家の近所に住んでいた。
 菊池家は江戸中期の商家から続く大財閥である。
 彼女の幼馴染であり菊池家直系の息子である路夫は、幼い頃から次期当主に据えられることが決まっていた。
 籠宮の家は、元を辿れば江戸後期から菊池家のお抱え巫女として働いていた名家だそうだ。しかし近年、牡丹の曾祖母の代より籠宮は巫女の力を失ったという。籠宮はただのご近所さんに成り下がっていた。それでも菊池ゆかりの家として大事に扱われて来たのだ。




 そうして幼馴染の死を機会に牡丹は故郷に帰って来た。木々は彼女を迎えるように青々と輝いている。牡丹はここ二、三年は忙しさにかまけて帰っていなかった実家に荷物を置き、すぐさま家を出ようとした。
「久しぶりだなァ牡丹。母ちゃんも菊池さんちへ行ってるよ」
 父親も帰宅の意図を汲んでいる。牡丹はすぐ菊池家へ向かった。
 警察が菊池のお屋敷を取り囲んでいた。トラ柄のテープで囲われている。村人がほとんど揃っているのではないかと思われるほどたくさんの人だかりができていた。


 警察官と村人のあいだにひとり、懐かしい後ろ姿があった。黒い長髪を後ろで束ねた長身の青年の姿だ。
「おおい、ふみちゃん!」
「牡丹?」
 振り返った端正な青年は、四谷文之介という、菊池家のお抱え医師の三男だ。家格は長男が継いだが、三男の文之介も医師になった。この町で小さな診療所を開いている。
 彼は、牡丹と故人の路夫との共通の幼なじみでもあった。


「牡丹、帰って来てたのか!」
「そりゃあね。ちょうど夏休みだから帰ってこられたんだよ。路夫が死んだなんて、まだ信じられない」
「全くだよ。殺しても死なない奴だと思っていたから……」
 文之介は口をつぐんだ。牡丹も不安げに文之介を見上げる。
「ねえ、犯人、まだ見付かってないんでしょ」
「ああ」
「この村の誰かだって思うと怖いなあ」
 身震いをして、文之介にしがみつこうとしたその時、後ろのほうから大きな声が聞こえた。

「ふみ!」

 大きな声に振り返ると、華奢な少年が文之介のもとに走り寄って来るのが見える。夏だと言うのに詰め襟を着込んでいるのは、喪服だろう。そして、その少年の顔は高校生の頃の路夫によく似ていた。近寄りがたいほどに整った顔立ち、色素の薄い髪、瞳。美しい少年だ。路夫にそっくりな、今ならこれくらいの年の頃になるだろうという少年を、牡丹は一人だけ知っている。

「もしかしてハクちゃん? 久しぶり、大きくなったね」
「牡丹ちゃんだ! 久しぶり! 髪切ったんだね、わかんなかった」
「あー、前まだ髪伸ばしてたっけ」
「叔父さんのお葬式に来てくれたの?」
「うん、そのつもり」

 笑うと可愛いこの少年の名は菊池白露という。殺された路夫の姉の息子だ。
「ハクちゃん幾つになるんだっけ」
「今、高二です!」
 二年生を表しているのかピースサインを目の前に出して来る白露を見て、牡丹は顔を綻ばせた。

「こらこら、再会を喜ぶのもいいけど、ケラケラ笑ってるんじゃない」
「ふみ」
「路夫はここで死んだんだから」
 それに合わせて白露も神妙な顔になる。
「叔父さん死んじゃったこと、僕もまだ信じられないんだ……。一度も見てないから」
「甥っ子にくらい逢わせてくれたらいいのにね」
「見ないほうがいい」
 文之介が苦い顔をする。
「ふみは見たの?」
「まあ、ね。奥様からお電話があって、駆け付けた時にはもう事切れていた。殴られたうえ刺されたらしい。酷い顔でねえ」
「なにそれ……。ヤ印絡みなんじゃないの」
「それはないと思う。金回りの問題はなかったようだから」
 文之介の横顔を見ながら、牡丹はいつしか幼い頃のことを思い出していた。路夫と、文之介と、そしてもう一人の笑顔が頭の中できらきらと輝いている。


 
 

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