「どうやったら出られるんですかね」
「さっぱりわかんねえな」
 田所は、窓のない、床も壁も全て白塗りの変な部屋に閉じ込められてしまった。携帯の電波も通じないまま、三時間が経とうとしている。
 唯一共に部屋の中にいる手嶋は、何一つ不満を言わない。壁を叩いてみたり、携帯の電波が繋がっているかを確かめたり、出る方法を探しているようだった。

 ぐうう、と腹の虫が大きな音を立てる。
「なんか、腹減ってきたな」
「食べますか?」
 目の前にチョコレートが差し出された。以前クラスの女子が食べているのを見た覚えがある、キラキラしたパッケージのチョコだった。手嶋が鞄の中に入れていたのだ。
「わりぃな」
「気にしないでください。それ、すげえ美味しいですよ」
 後輩がそう言ってにっこり笑うので、遠慮なくその小さなチョコにかぶりついた。オレンジの風味がふわりと口の中に広がる。
「なるほど確かに美味え。風味がいいな」
「でしょう」
 手嶋は隣に座ってにこにこしている。

 ふと、甘い匂いが鼻をついた。先程のチョコレートの匂いではない、部室でも時折感じていた匂いだ。どこから香っているのかは、わかっていた。手嶋が傍にいると、いつもいい匂いがするのだ。俺はすぐさま自分の身体を嗅いだ。別の後輩にはよくクサイクサイと言われているが、自分では汗をかいた時の汗臭さ以外は感じない。ただ、この男に臭いと思われていたら少し傷つく。目の前で揺れる結んだ髪と細い首筋を見ながらそう思った。
 一年ほど前から、この男からだけいい匂いがするのが気になっていた。部活が終わった後振りかけている制汗剤や、長い髪を洗うシャンプーの匂いかもしれない。手嶋はいろいろな香りを身に纏っているはずだ。

 背後に手を回すと、何か硬いものが壁と己の間に挟まっていることに気づく。挟まっていたものを引っ張り出した。
「なんだこれ」
 それはぺちゃんこに潰れた箱ティッシュだった。何の変哲もないよく見るティッシュだが、持ち上げてみると、底に紙が一枚貼られていた。筆字で何か書かれているので、ひとまず読み上げる。

「『セックスしないと出られない』? な、何だよこれ」
 笑い飛ばそうとしたが、声が震えてしまう。目の前の相手と、ということなのか。戸惑っていると、手嶋がずいと近寄ってきた。またふんわりといい匂いが漂う。

「しないと出られないんだったら、仕方ないですよね。噛んだりしないんで、安心してくださいね……」
「おい……」
 手嶋の身体が自分の太い脚の間に入り前立てを開いて、隆起しかかった分身を手にする姿を、何も出来ず見守った。
「やめろ……」
 自分でも消え入りそうな声だと思った。そして案の定、発した言葉への返答は返ってこない。手嶋はやめる気配を一切見せず、もぐもぐと先端を咥えて刺激を送り続けていた。
 口の中は温かく、上から見る手嶋の顔は非常に煽情的に見える。だがこの快楽に身を委ねてはいけないのではないのか。後輩にこのようなことをさせるのは、最悪なのではないか。自分がしろと命じていなくても、だ。


 苦しい思いをしたインターハイが終わった後に「もっと強くなりたい」と師事を望まれたことを思い出す。弱音も吐かず懸命に練習して随分と速くなったこの男が、もっともっと報われることがあっても良いと思っていた。
 同輩も皆いつの間にか様々な方面からこの男に期待をかけていたが、俺が先に認め教え鍛えたという自負があった。だからずっと見守ってやりたいと思っていたのだ。そのような、なんとなく寂しいような気持ちが起きた頃から、妙にいい匂いを感じるようになっていた。
 もう好きになっていたのだろう。
 ただ、自分がこの男に恋愛感情を押し付けてしまったら、本人の意思とは関係なく受け入れることを選ぶかもしれない。そう思うと、軽々しく想いを告げることは出来なかった。そのうち、この男の芯の硬派なところを認めてくれる誰かが、この男を愛し、支えてくれるだろう。その頃には俺も、誰か他に好きな相手ができて、この頃のことを懐かしく思い出せる日が来るだろうと思っていた。それなのに、この状況は何だ。頭を撫で、説得を試みる。

「やめろよ……」
「臭くなんかないです。田所さんの匂い、ずっと好きでした……」
「本気で言ってんのか?」
「こんなところで言うのも何ですけど……。田所さんのこと……ずっと好きでした」
 手嶋が上体を起こした。赤く染まった頬が、伏目がちになった瞳が、目の前にある。自信なさげに揺らぐ手嶋の目があまりに儚く見えて、思わず、両肩をむずと掴んだ。目を潤ませている手嶋に、出来るだけ優しい顔をして語りかける。ずっと秘密にしてきたこの想いは、優しく伝えたかった。勃ったままの息子を丸出しにしていてもだ。
「奇遇だな、俺もだよ」
「えっ……?」
「俺もお前のことが好きだったんだぜ」
「そんなはずないです」
「あるんだよ。お前のよ、そういう真面目なとこも、全部……好きだ」
 目の前の手嶋の目から透明な雫がこぼれる。瞳が青く輝いていた。その姿がいとおしくてたまらなかった。

「順序が逆だがよ、その、キスしてもいいか」
「田所さんがいいなら……キス、したいです」
 手嶋の肩を掴んだまま顔を近づけて、そっと唇を重ねると、不思議なほど胸が高鳴った。手嶋もドキドキしている、その胸の高鳴りが振動で伝わる。手嶋の腕も俺の身体に回されている。互いの身体が触れ合っているところがひどく熱い。

 細い首に舌を這わせる。しょっぱいような、甘いようなこの風味からわかる。いつも嗅いでいる手嶋の匂いは、汗の匂いだったのか。
「は、ぁ、」
 手嶋の吐息が耳にかかる。シャツのボタンを外すと、下に着ているタンクトップが姿を見せた。それを捲り上げて、胸を露出させる。少し胸筋で盛り上がった胸の上についているほの赤く小さな乳首を、唇で包む。そのまま舌で吸った。ころころと舌先でつつく。この可憐な存在をもっと味わいたい。
 
「も、もう……俺も舐めたいです……」
 手嶋は頬を真っ赤に染めたまま、細い指で俺のシャツのボタンを外し、乳首を探り当てる。Tシャツの上からそれを軽く指で擦った。
「おい……」
「舐めてもいいですか?」
 つい簡単に了承してしまう。元より興奮していた俺の下半身はもう少しの刺激で爆ぜそうになっていた。手嶋の手つきは妙にエロく、左右両方の乳首の上を撫で回しているかと思えば、急にキュッと抓られて「ぐ……」と情けない声を上げてしまった。ぴんと勃ってしまった乳首を露出させられ、ジュッジュッと音を立てて舐めまわされる。赤ん坊のように夢中で吸っている姿が可愛く見えた。
 いつの間にか手嶋の頭が随分下に来ていた。脚の間に手嶋の顔が埋まっている。再び口淫されているのだ。限界はすぐ訪れてしまった。
「出るから……っ口離せ……!」
 そう口から言葉が出た次の瞬間、どぷどぷと口に注いでしまう。手嶋はそれを躊躇なく飲み込み、溢れた分を手に受けてぺろりと舐めた。
「たくさん出ましたね……」
 冷静になるとやはり罪悪感がむくむくと湧き上がってきた。
「……拭いてくれ」
 唇にティッシュを押し付けると、手嶋は目を閉じてそっと唇と手を拭った。

 ふと目をやると、手嶋もズボンの前が窮屈そうだ。
 伏し目がちになった手嶋に、優しくキスをしてやる。

「さわってください、お願いします……」
 目の前の手嶋は盛り上がった股間を見せつけるように脚を開いている。手嶋は大胆な体勢とは裏腹に頬を赤らめ目を逸らしていた。前立てを寛げてやると、形のいい陰茎がぽろんと姿を見せる。ぎゅっと握ると、目の前の後輩はきゅっと目を閉じて身を捩った。そのまま自分のモノを擦るのと同じように、先端の先走りを絡め、上下に擦る。
「……っなんか、変な感じですね……。田所さんの手でこんな……」
 手嶋は笑顔を作っているが、寄せられた眉根が卑猥だ。思わずそっと唇を重ねていた。
「……っう……」

 
「あ……っ!」
 手嶋が手の中で達した。精液がどろりと手に絡まる。
「すいません……」
「謝るなよ。お前のそういうとこ、もっと見てえな……」

「見てほしいです……それに、俺にももっと、田所さんの……見せてもらえませんか……?」
 手嶋が抱き付いてきた。早鐘を打つ鼓動がドクドクと伝わる。これは、このまま、手嶋と身体を重ね……?
「手嶋……」

 ガチャン、と背後で高い音が響いた。ばっと振り返ると、案の定扉がゆっくりと開いているところだった。扉の向こうに、青八木が立っている。

「純太、田所さん、大丈夫でしたか!」
「お、おう!」
 横目でちらと手嶋の方を見ると、もうきちんとズボンを履いている。何事もなかったかのような顔で青八木に話しかけていた。
「ごめんな青八木、心配かけて……。なあ、青八木は、この部屋がなんの部屋か知ってたのか?」
「いや。純太と田所さんがここに閉じ込められたと聞いて来たんだが、いま突然開いて驚いた」

 青八木の返答に安堵する。セックスをしたら開くところだと認識していたらどう説明したものかと思っていた。
 おそらく、口淫と手淫もカウントされるのだろう。お互いが達したから、扉が開いたのか。開いて本当に良かったのだが、複雑な気持ちになってしまっている自分がいた。

 ふっと手嶋と目が合う。
「手嶋、その……悪かったな」
 目の前の手嶋はしっかりと俺を見ていた。瞳がきらきらと輝いているように見える。
「また今度、してくださいね……」
 何を、と言うほど野暮ではない。黙って手嶋の肩を抱き寄せていた。





 



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