小野田は何かに違和感を覚えた。目の前にいる手嶋の姿が、どこかおかしい気がする。しげしげと注視すると、いつもはないものがあることに気付いた。
「手嶋さん、首のそれ……何ですか?」
 丸襟から覗く首筋に、赤い痕が点々と付いている。緩く円弧を描いているものの先端部に見えるその形は、歯型のように見えた。
「ああ、ばれちまったか」
 手嶋は小野田の方を振り向き、微笑んだ。
「俺の部屋、出るんだよな……これが」
 両手を身体の前でダラリと垂らすそのポーズは、どう見ても特定のものを表していた。
「ひ、ひええ、ゆ、幽霊……!」
「そうだ。時々噛まれるんだよな」
「幽霊に噛まれるなんて、怖くないんですか!?」
「まあ、噛むだけだからな。そのまんまにしてる」
「ひええ……」
 怯える小野田の肩を鳴子が叩く。
「おばけなんてないさ、やで。小野田くん」
「どういうこと……?」
「たぶん、動物に噛まれたことを隠してはるんや。手嶋さんは家がマンションで、犬なんか飼ってるんがバレたら追い出されるから、隠さなあかんとか、そんな事情があるんや。たぶん」
「あれが、犬の歯型に見えるのか」
 今泉が、淡々とつぶやく。
「きっと、親戚の家で姪か甥に噛まれたんじゃないか」
「そんなんもっとちっちゃいやろ」
 今泉と鳴子が口論になるのを、小野田がはわわと見守っている。それを見ながら手嶋が笑っていた。笑声に気付いた鳴子が声をかける。
「ホンマはどうなんですか、手嶋さん!」
「最初小野田に言ったのが全てだよ」
 ひらひらと手を振り、手嶋は皆で集まっていた部屋を出た。表で待っていた青八木が手嶋を連れて行く。今日は真っ直ぐ家に帰るのだ。



「ただいま帰りました」
「おう、おかえり」
 キッチンに立っていた田所が振り返る。
 手嶋は、幽霊などではなく、小野田たちもよく見知った先輩と暮らしていた。他の皆に現状を話してしまってもいいんじゃないのか、と青八木は言うが、手嶋にはどうもそこまでの勇気はない。それに、恥ずかしいとかつらいとか思うことになるのは自分よりも相手の方ではないのか。そう思うと余計に言い出しづらくなってしまった。

 手嶋の姿を一瞥し、田所も首元を見咎めた。
「首のそれ、はっきり残っちまって……悪かったな……」
「いえ。あなたのものだって印をつけられたみたいで、ちょっとドキドキしてます」
 手嶋は事もなげに笑った。
「今度は、誰にも見えないところに付けてください。たとえば、ここ、とか」
 手嶋はそう言って、右脚を大きく開き、内腿の奥、股間ぎりぎりを指す。田所は眉を顰めた。
「バカなこと言うんじゃねえ。俺は……お前のこと痛めつけてえわけじゃねえんだよ」
 太い指が手嶋の首筋を撫でる。目の前の相手に触れられている感触を確かめるために、手嶋は目を閉じた。




 





戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -