今年最後の営業日が終わり、正月休みが始まる。来年は一月八日から営業する旨を書いたポスターをシャッターに貼り付け、店の正月の準備を終えた。店の後片付けも全て終わったことだし、明日は大掃除でもするか。
 店の中に戻ると、いの一番に華奢な背中が目に入った。いつぞやのように肩まで伸びた後ろ髪を一つに括っている。

 親から譲り受け自分の店になったパン屋の共同経営者はかつての部活の後輩で、今や人生も共にかけている相手だった。
「手嶋、ポスター貼ってきたぜ。今年はもう終わりだ。明日は掃除でもするか」
「はい!」
 先ほど俺は目の前の男を「手嶋」と呼んだが、振り返って微笑む目の前の男の名字は、もう手嶋ではない。
 今年の六月、俺はこの男と結婚したのだ。結婚と言っても法律上は養子縁組だが、お互いをお互いの配偶者として共に暮らしている。同じ名字になったのにお互い名字で呼んでいるのも変な話だが、特に不便はない。いつか名前で呼びたくなった時に呼べばいいと思っている。

「なあ、今年よ……結局仕事ばっかりになっちまって、悪かったな。旅行なんかも、行けなくてよ」
「なに言ってるんですか。経営も面白いですし、接客も好きですし……毎日楽しいですよ」
「本当かよ」
 手嶋は口の端をにっと上げているが、その口にのぼった内容が本心なのかははかりかねた。
 この半年、とんでもなく黒い使い方をしているんじゃないかと思うようになり始めていた。この男のあらゆる能力を、俺に惚れているからと安く使っているのかもしれない。不満があるなら言ってほしいのだが、手嶋はそういうことはこの半年間何も言って来なかった。ただいつも愛想良く客をあしらい、時折俺にここはもっとこうした方が効率が良いだの、美味しくなるだの、業務改善を口にする。その中で実現可能なことは極力行ってきた。

「不満があるならはっきり言ってくれよ。できるだけ改めるからよ」
「別に仕事には不満ありませんけど」
 手嶋の右眉が少し下がる。

「もっとキスしたい」
 思わず唇に目が行ってしまう。薄くもなく厚くもない、だが柔らかい唇だ。そういえば最近触っていない。

「田所さんはイヤかもしれないですけど……月に一回くらいはセックスしたいです」
「何言ってんだ、イヤじゃねえよ」
 ドキッとした。一瞬バシッと目が合ったが、すぐに目線を逸らされる。

 ああ、俺はこの男に今のようなさみしそうな顔をさせたくなかったのだ。口元には笑みを浮かべたまま、眉を下げて、目が泣いているようにぼやけている。しょうがなかった、どうしようもない、とでも言っているような、諦めたようなさみしい顔だ。
 この男は別れ際にいつもこのさみしそうな顔をするから、別れなくてもいいように一緒に住み始めた。この胸のざわつきが愛だと思ったのだ。そして、その推測は正しかった。

 本当はもっとお前とヤりたかった……などと言うと言い訳がましくなってしまうか。レースに出る前日は同衾しないようにしているし、レースの後もいつも翌日の準備などでそんな空気ではなくなっていた。誕生日も食べ過ぎてそのまま眠ってしまった。クリスマスにも、その華奢な身体に触りたいと思った時はもう相手は眠っていた。そういえば、夏頃に、俺が眠りに誘われている時に手嶋が俺の頬をそっと撫でたこともあった。だが眠すぎてそのまま寝ていたのだが、それを拒絶と取られたのか。だから手嶋は自分から誘って来なくなったのか。これも推測でしかない。
 

 目の前の男をぐいと抱き寄せ、腕の中にすっぽりと抱きしめた。少し驚いてじっと見上げる姿が愛しく、腕に力が入る。
「今からはどうだ」
「朝まで抱いててもらえますか」
 そう言って俺の胸に顔を埋める手嶋がいじらしい。そっと抱き上げると、首元にしがみついてくる。思わず、寝所に行くより前に唇を重ねてしまった。今宵は始まったばかりだが、お互いこの数ヶ月で相当焦れている。今はただ、早く情を確かめ合いたかった。




 



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