祭りの喧騒の中で同伴者たちとはぐれてしまった。自分は大柄な方なので向こうが発見してくれるだろうと思っていたのが間違いだったらしい。ただし、はぐれたからと言って必死で探す理由もなかった。元より男ばかりで来た祭りなので、探していたとてそれほど真剣には探していないだろう。焼きそばを買って食べながら歩いた。

 灯籠の近くに佇むうねる黒髪を後ろで一つに束ねた男の影が目に映る。遠くに見えるその姿は、昔から見慣れている後輩のように見えた。
「おい、手嶋じゃねえか?」
 声をかけると相手も振り返り、にっこりと微笑んだ。思ったとおりの、人懐こい笑顔が返ってくる。
「田所さん! お久しぶりです」
 ただし、向き直ったその姿には大きな違和感があった。
「お前、浴衣の合わせが左右逆じゃねえか。それじゃ死人だ」
「そうなんですか。でも、この数時間だけのことですし、このまま回りますよ」
「そうかよ」
 高校生の頃は浴衣の着付けをやり直してやったこともあったが、もうお互い大人になってしまって長いので、強引にそのようなことをするのは気が引けた。俺の手を離れて久しい、というやつだ。とりあえず、そのまま一緒に祭を見て回ることにした。

「ここの屋台ウマいんだぜ」
「ほら、奢りだ」
「あざます!」
 手嶋が串刺しの肉を食む。なぜだか不思議な光景だった。そうだ、こういう時にはいつも、手嶋以外にもう一人、相棒の青八木がいたのだ。

「田所さんと二人っきりでこんなに一緒にいるの、初めてかもしれませんね」
「確かに、そうかもな」
「なんか……嬉しいです」
「そうか?」
 はにかむ手嶋に対して妙に優しい気持ちになる。思わず、ずっと気になっていたことを口に上らせた。
「俺もずっと気になってたんだ、お前のこと」
「え?」
「あの頃、ほら、主将になった後だよ。お前は一人で練習してたんだろ。直接指導してやれねえのが気になっててな。青八木と同じくらい手ェかけてやりたかったんだぜ……」

 気が付くと、手嶋の大きな目がうるうると潤んでいた。
「なぁに泣きそうになってんだよ、そんなに感動したか?」
「田所さん、俺……」
 そのあと、手嶋が何か言ったが、内容が全く頭に入ってこない。何を言ったのか聞き返そうとしたその時、背後で花火の上がる音がする。振り向くと、大輪の打ち上げ花火が煌々と光っていた。
「おい、手嶋、花火でも見に行くか」
 そう言って振り返ると、さっきまでそこにいたはずの手嶋はいなくなっていた。どこに行ってしまったのか。田所はきょろきょろと辺りを見渡したが、少し離れた屋台の周りに人が集まっているだけで、手嶋らしき人物は見当たらなかった。

 後方から人影が近付いて来る。一瞬手嶋が戻ってきたのだと思ったが、手嶋の相棒たる青八木だった。元より共に祭りに来た連中の中の一人だ。

「田所さん」
「青八木!」
「探しました」
「おう、悪かったな」
 青八木の肩をぽんと叩いて、宥める。
「そうだ、手嶋見なかったか。さっきまでここにいたんだがよ……」
 一瞬で目の前の青八木の唇が大きく歪む。
「なにを言ってるんですか」
「なにってお前……」
 目の前の青い瞳がみるみる曇り、ぽろぽろと透明な滴がこぼれた。
「純太は……もうどこにもいません」

 青八木の涙を見て田所はいま初めて思い出した。そういえば手嶋は昨年の秋に死んでいたのだ。
 死因は交通事故だった。よくある、信号無視の車に突っ込まれる事故だ。事故に遭った時に乗っていたという愛車が棺の隣に立てかけられていたが、とても見られたものではなかった。本人は更に酷い姿になっているのだと家族に言われ、それでも顔が見たいと申し出たが、承諾されなかった。
 棺の上に突っ伏して泣きじゃくる青八木の背を撫でながら田所は、なぜか、手嶋がどこかで見ていてひょっこり顔を出しそうな気がしていた。思っていた通り、ひょっこり顔を出してくれたというわけだ。突然の別れを悔やんでいたのだろうか。
 泣いている青八木の背を撫でていると、やっと涙が出て来た。泣きそうになっていた手嶋の背もこうして撫でてやればよかったのだ。そうすれば最後に何を言っていたのかを聞けたかもしれなかった、などともう確かめようのないことを思った。



 



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