浴衣の君の話

 暑い日差しの中を進むと、どんどんと太鼓の音が鳴り響いてきた。これは祭り囃子だ。目的地に近づいていることがわかる。

 俺たちの今年の夏は終わり、次の夏のために走り始めたばかりだった。今はもう残暑といっていい。
 今日は夏祭りだ。高校の近くの神社で祭りがあることを知ったお祭り好きの後輩が「今日は早めに切り上げて、部員集めてみんなで行きませんか」と提案したので、俺もそれに乗った。三分の一日くらい、いいだろう。
 皆で同じ灯籠の下で待ち合わせることになった。折角なので浴衣を着てみたが、なんだか動きにくく感じる。
 色とりどりの露天の間を抜けて、携帯を片手に待ち合わせ場所へと向かった。集合時間まではまだ二十分ほど余裕があるが、早めに着いておきたい。


 随分早く着いたはずなのに、待ち合わせ場所の前には見慣れた影がひとつある。
 大きな灯籠の隣に、大柄なあの人が佇んでいた。無地のグレーの甚平を着て、携帯を覗き込んでいる。一メートルほど近くに寄って、大きな声で挨拶した。

「お疲れ様です!」
「おう、さすがに早えな」
 ポンと肩に手を置かれる。
 目が合って、どきんと胸が鳴った。いや、浴衣姿褒めて欲しいとか……女子かよ。自分の心に浮かぶ期待をかき消す。
 ところが、自分の気のせいではなく本当にじっと見られていることに気付いた。照れ臭くて浴衣の襟を少し撫でる。

「おめえよぉ、なんか帯結ぶ位置高くねえか」
「え」
「もっと低い方がカッコつくと思うぜ。せっかくそこそこタッパもあるんだしよ」
「そういうもんですか」
「おう。何なら結び直してやるぜ。こないだ、教わったんだ」
「はい、お願いします!」
 まだしばらくは他の連中も来ないだろう。この人を独り占めしたい欲が勝ち、二人で境内のトイレに向かった。

 さびれた狭い個室に男二人、何だかこれからイケナイことをするような気になり、ドクンドクンと胸が高鳴る。
 いや、考えすぎだ、意識しすぎだ。冷静になれ。冷静になれ手嶋純太。自分に向かって頭の中で語りかける。

 帯を解かれる。そして、襟に手をかけられ、大きく開かれた。黒いタンクトップがあらわになり、自分の胸元が急に気になり始める。ちらりと目をやると、タンクトップの隙間からちらりと見える乳首は予想通りぴんと勃っていた。寒いのならともかく、気温、こんなに暑いのに。普段であれば全く気にしていないことなのに、このまま目の前の太い指が乳首に伸びてきたらどうしようなんてバカなことが頭の中を過ぎった。
 目の前の人は至って真剣に帯を結び直してくれている。きっとそうだ。でも、着物の襟を整える手が、帯を引っ張る手が、心を掻き乱した。首に息がかかる度に、ひくひくと身体が震えてしまう。頬が熱い。ダメだ、反応するな、身体。数式を頭の中で唱えて気持ちを逸らそうとしていた。

「ほら、出来たぜ!」
 その元気な声に、急に現実に引き戻された。
個室から出て、鏡を見る。
「ちょっと、クルッと回ってみてくれ」
「はい!」
「おお、我ながらよくやったぜ。粋で鯔背っつーか、やっぱりこの方がいいな」
 満足そうに田所さんは目を細める。トイレの鏡に映る自分の姿を見ると、確かに少し落ち着いて見えるような気がした。

「あと五分か。結構時間かかっちまったな、悪りい……暑かったろ。氷でも奢るぜ」
「いいですよそんなの! あざした!」
 早口で礼を述べて、頭を下げた。
 なんと言っても祭はここからが本番だ。急いでトイレを出て、待ち合わせ場所である灯籠の下に向かう。すると、既に部員が七人集まっていた。
 相棒が「こっちだ」と手を振るのを見つけて、手を振り返した。そんなやりとりをする自分の後ろでは田所さんが笑っている。それだけで何となく満たされた気持ちになるのだった。



 



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