気をつけて帰れよ。そう言って後輩を部室から送り出した。暗い中を走り去って行くその小さな背中も、随分頼もしくなったと思う。奴はオレと同じ所を同じように走り、ついにオレに追いつくようになった。その成長に、一人ニヤついてしまう。

 オレには、もう一人、ずっと見てやってきた後輩がいた。そいつは、先程帰った方とは違い、オレとは随分違うポジションに落ち着いている。奴は主将になり、そして、山を登るようになった。伸びた黒髪を振り、懸命に走る小さな背中を想う。

 オレは、いつしか、もういない男のことを思い出していた。山を登るあいつの姿を、共に走ってきたあいつの姿を思い出していた。カラッポになってしまったロッカーを見つめて、ぼんやりと立ち尽くす。

 今でも目の前にあいつの長い髪が揺れているような気がした。間近にあった、ゆらゆらと揺れていたあいつの髪。遠くに行ってしまったとはいえ、永久の別れじゃない。それはわかっている。けれど、何の相談もないなんて、水くさいだろうが。心の中で、寂しさが苛立ちに変わる。



 背後から、「あ、お疲れさまです!」と声が聞こえた。回想を掻き消しながら振り返ると、後輩が部室の扉を開けて立っている。汗に濡れた長めの黒髪が静かに揺れていた。
「おう、まだ走ってたのか」
 先に帰した後輩がもう部室を出ていることを伝えると、目の前の少年は、「しまったなあ」と目を細めた。ロッカーの前で他愛のない話を振ってくる。
 相槌を打ちながらもオレは、空のロッカーをチラチラ見てしまっていた。それに気づいたのだろう、後輩が、あいつの名を出す。それに思わず目を逸らしてしまった。

 その上、「オレじゃダメですか?」などと、予想外の言葉が飛んできて、思わず怯んだ。声の方向に目を向けると、遠慮がちに後輩の小さな手がこちらに伸びるのが見えた。
「なに……言ってんだよ、おまえ」
「その穴を埋めるのは、オレには無理ですかね」

 当たり前だ。他の誰かの代わりなど、誰にも出来ない。チームメイト、戦力、戦友、友人、そして。
 わかっているけれど、思わず差し伸べられたその手をふんだくってしまった。そして、そのまま、長椅子に押し付ける。寝転んで広がった長い髪が、細い肩が、髪のかかった口元が、うっすら開いた口が、妙に色っぽいと思った。
 でもこれは、今はもういない、あいつに抱いた感想と同じだ。いや、奴と重ねてくれと言われたから素直に重ねてしまったのだろうか。大きく頭を振って、改めて見下ろしてみる。この少年とあいつは、やはり大きく違っていた。面差しも、体格も、そして、自分との関係も違う。そうだ、何もかも違うだろうが。そう自分に言い聞かせ、もう一度目の前の後輩を見やった。
 ああ、震えてやがる。やっぱり怖いんじゃないか。
「ンな真似、やめろ。帰るぞ。ラーメンでも奢ってやるよ」

 はい、と起き上がって髪を掻き上げる仕草は、やはりあいつによく似ていた。きっと、意識して似せているのだろう。苦い気持ちを込めながら、黒髪をクシャリと撫でる。すると、目を細めて、あいつに似ていない表情で笑った。





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読んでみたいのに見当たらないから自分で書いてみました。わりと背徳感ある気がします……





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