小さな孤児院の門の前を、一人のシスターが掃除していた。さかさかと箒を動かして忙しない様子だが、口元には笑みを浮かべている。それは、彼女がこの場所を愛しているからだ。子どもたちが笑ってくれるようになるこの場所が好きなのだ。だからかれこれ十年以上、この場所に勤めている。



 ある時、彼女に声をかける人影があった。シスターは聞き覚えのある声に振り返り、駆け寄った。見覚えのある顔が近くにある。シスターはその手を取って名前を呼んだ。
「グラハム!グラハムじゃないの?久しぶりね!まあ、立派になって」
「お久しぶりです、シスター」
 だいぶん背は高くなっているが、面差しは全く変わっていないので、すぐにグラハムだとわかった。彼は、十年ほど前までこの孤児院にいた少年だ。今や青年か。久しぶりに会う彼は、皺のない軍服を身に纏っていた。軍人になったのだ、シスターはそれを心底よかったと思う。

 彼は幼い頃からずっと、パイロットに憧れていた。そんな彼のために、パイロットになる道を模索したのは、ここで働きはじめたばかりのこのシスターだった。
「好きなことを出来るほうがいい」と笑って、彼女はいつも道を探していた。



「私は空を手に入れました。それも皆、あなたが私に道を示してくれたからだ」
 シスターをじっと見るグラハムは、清々しい表情で、とても美しかった。きれいな深緑の瞳が、彼女の胸を射る。

「本当に、ありがとうございました」
 グラハムはゆっくりと頭を下げた。その行動が日本の感謝や謝罪の挨拶であることを、シスターは知っていた。しかし、気がついたときには思わず肩を掴んで、名前を呼んでいた。きれいな金髪が、昔と同じくらいの高さに見えたからかもしれない。
「グラハム……」
「何でしょうか」
「ちゃんと食べてる?」
「それは勿論」
「そう、よかった」
 結局それだけが心配だったのか。自分の口から出た言葉にシスターは笑った。

「そうだ、子どもたちにも会って行かない?あなたみたいに立派な人がここから出たと知ったら、みんな喜ぶわよ」
「……いえ、それは辞退しておきます」
「なぜ?」

「私がその子らの英雄にならない方が、彼らのためになりましょう」
「そんな言い方……」
「その子らにも、それぞれの道を示してあげてください」
「……わかったわ。ありがとう」
 それまで堅い表情をしていたグラハムが、やっと笑った。
 敬礼をして去って行った彼の背後には、晴れ渡る空がある。


 後日、孤児院には彼の名で多額の寄付金が振り込まれていた。
 一人一人の人生を、これで形作れというのか。彼にとっての「空」を、今ここにいる子どもたちにも与えろというのか。
 彼の人生を思ったシスターの瞳からは、いつしか涙がこぼれていた。泣いているシスターの元に幼い子どもが寄って来る。「大丈夫?」と顔を覗き込まれて、笑顔の形を作る。頭を撫でて、「大丈夫だよ」と笑った。
 わたしは、空を繋いでいく。
 見上げれば空は遠く、ただ一筋の飛行機雲が雲と雲を繋いでいた。




繋いだ空



 
 



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