宙を溺れる金魚の話
「好きだ」
なんてたった一言唇からこぼして、痺れるようなキスをするあなたはずるい。どれだけ嘘に近い言葉でも、わたしが拒否できないことをあなたはよく知っている。キスの最中は息もできない。それでも、離れた瞬間から頭がぐらぐらする。水からあがった魚のように苦しくて、求めるのだ。
水音と高い声が狭い部屋に響く。女のように喚くのはみっともないとは思うが、あなたが「声が聞きたい」と言うので垂れ流しにしておくことにしている。
溺れるように何度彼と寝ただろうか。あまり溺れたら、魚ではないわたしは今度こそ死んでしまうのではないかと、薄れる意識の中で何度も思った。
あなたは愛を囁こうとする。囁こうとするだけだ。こんなものは恋愛などではないと、心底思った。好きだとか大切だとか安っぽい言葉を繕うだけなら、言葉を知ったら猿でもできるだろう。山猿のような子供にだってできるだろう。無意味な口の開閉が続く。わたしはあなたの話を耳にも入れずにまどろむ。
あなたとわたしでは、何も埋め合うことができない。
けれど、わたしはそれでもよかったのだ。
飼い慣らしてくれ、誰か、必要としてくれ。
それだけで、わたしは、生きていける。
* 初めて書いたSSでした。
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