姉以外の肉親の記憶はありません。まるで初めから存在しなかったように、抜け落ちています。姉はそのことを少しも語ろうとしなかったので、おそらく、ろくな親ではなかったのでしょう。
姉は何とかして弟を学校に通わせたかったらしいのです。女として春を売ることで金を稼ぐ彼女を、「わたし」は嫌悪しました。彼女にそんな責め苦を負わせなければ生きていけないほど幼く弱かった癖に彼女を蔑んでいたのです。彼女が身ごもったことを知ったときほどそれを強く意識したことはありません。あのときほど、この姉が恥ずかしいと意識したことはなかったのです。
今になってようやく解るのです、彼女の悲しみが、苦しみが、あの頃わからなかったことが。彼女が「わたし」の近くにいる人間ではなくなってしまったからかもしれません。あのひとは知る限り唯一の肉親なのだから。
あの子が生まれたことは鮮明に覚えています。だから、確実にあの子は彼女の子だと思ってくださって結構です。けれど「わたし」はあの子の父親を知らないうえに、一時は顔も知らないその男を憎みもしました。だから、あの子をこの腕に抱くことは出来ないと思いました。けれど「わたし」は自分の父親も知らない ので、当然のことだったのかもしれません。
どうかそんなことをおっしゃらないでください、「わたし」はそんなことを求めている訳ではないのです。「わたし」に親はありません、少なくとも意識下では皆無です。だからあなたにそんな顔をされると、とても困ります。
あの子を残して、あのひとは仮初めの権力を手にしました。今更あの子に「わたし」が興味を示している意味はあなたにもわかっているはずです。母から成る社会が必要なのです。もっとも、あなたは自分のお好きなようになされば宜しい、ただ「わたし」の考えを知っていてくださればいいのです。「わたし」はあなたを、
どうかそんな風に抱きしめないでください。あなたにそんなことを求めている訳ではないのです。憐れまないでください。あのひとのことが知りたいのでしょう。あの子の確実性を知りたいのでしょう。「わたし」はただの あなたの部下です。その他大勢のひとりです。大佐、やめてください、「父親」なんて言うのは冗談でも止してください。
わかりませんか。
父親は初めから「わたし」の中に存在しないのです。だから「わたし」は父親に特筆なりたいとは思わない。勿論子供が出来たならそのときは父親になろうと考えてはいますが、どうも明確に想像が出来ない。
出すぎたことを、申しました。「わたし」のようなものが。
「わたし」の口を通した姉はあなたにどのように見えましたか。
ラムネに翳す太陽、
ですか。随分と詩的におっしゃるのですね。
大佐、
もし「わたし」に子供が出来たら、抱き上げてやってください。
* お題・コルデさま
クロノクルの口調じゃないよなこれは……
一度やってみたかったのです……
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