ある男の隠れ家に訪問者があった。むやみやたらに呼び鈴を鳴らされ、男は黒い眉をしかめる。
 居場所が誰かに割れたのだろうか。あるいは押し売りの類……いや、このような辺鄙なところに何も売り付けに来ないだろう。そうは思うものの、不気味なものを感じて、警戒しながら扉を開ける。

 いざ扉を開けると、見慣れた男が立っていた。拍子抜けだ。己の肩がずるっと下がるのを感じた。

 扉の中の男の姿を認めると、客人は、明るい声を上げながら右手を振る。
「よーっ、元気ィ!?」
「これは……珍客ですねえ……」
 古い友人の笑顔に、男は眉を寄せつつも頬を緩める。
 目の前の彼の姿、頭から視点を徐々に落としていくと、手に持つ筒に目が行った。

「それは?」
「酒だ。手ぶらで来ても悪いと思ってな、ちょっと拝借してきた」
「それはまた、珍しく気が利いてますね。大したものはありませんが、どうぞ」

 その男を招き入れると外気が吹き込み、部屋が異界になったような気がした。


*



「髪、だいぶ伸びたな」
「ええ、まあ」
「また伸ばすのか」
「さあね」

「そこにでも掛けて待ってなさい、何か簡単なものでも作りますから」
「いやあ、おかまいなく!」
「来る前に連絡の一つでももらえるとありがたいんですがね」
「今度からそうするよ」
 照れたように笑いながら客人は椅子に座る。机の上を適当に片付けながら、男は客人の顔を覗き込んだ。

「ところで、どうして一人で来たんですか?用件は?」
「どうしてって、単に遊びに来ただけだ」
「嘘でしょう」
 上目遣いで見つめてくる男に、来客者はハハハ、と乾いた笑みを漏らした。
「さあな」
 笑顔の形に縁取られた輝く瞳を覗いても、その思惑が読めない。男はそれを悟られないように、瞳を外さず呟いた。

「あなたは、私の手を取らない方がいい」
「どうして」
「勘ですよ」
「そうか」
 おまえ勘いいからな、信用するよ。そう言って目の前の男が笑う姿を、真っ黒い瞳がただ見つめていた。



 



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