君はなぜそれほどに赤なのか。夕暮れを愛し、戦いを愛し、終焉を愛し、赤とんぼの歌を歌ってみても、この手は君に届かない。
「僕も君の赤になりたい」
「どういう意味だ、それは」
二人分のオムレツを前に、僕は赤を願った。湯気を上げるオムレツは、僕らを手招きしているかのように見える。僕らに食べられたがっているのだろうか、それとも僕らを食べてやろうと叶わぬ願いを抱いているのかは解らない。
僕の言葉を受けた彼はおもむろに、手にしたボトルを逆さにした。その先端を僕の頭に向ける。目の前の夕食にかける筈のトマトソースだ。
どぅるる、びちゃ、ぼた、ぼた。
頭上に重みを感じる。額に手をやると、どろついたものが僕の手を真っ赤に染めていた。
じっと手を眺めていると、彼は笑ってこう言った。
「ほら、赤だ」
顔を上げて見たそれは、ずっと見たかったものだった。聖母の隣の天使に似た笑顔だ。
彼の笑顔を見て安心した僕は思わず、ありがとう、と口走って微笑む。額を冷たい赤が伝った。流れ落ちて来た赤が口に入る。慌てて口を閉じた。でも拭おうとはしない。そのまま、彼の目をじっと見た。
ぽた、ぽた、ぽた、床に口づける赤はたったひとりで沈黙を守る。ぽと、ぽと、ぽと……
「ばか」
目の前の唇が歪む。
「君は馬鹿だ」
そう言って彼は白いタオルで乱暴に僕の頭を擦った。赤が落ちてゆく。激しくも静かに、落ちてゆく。
赤と白が目の前から消えたとき、もう既に彼は食卓に座っていた。
「食べないのか?冷めるぞ」
何事もなかったように、彼はあたたかな黄色の上に赤をかけて食べ始めていた。
「そうだ、食べてからでいいから自分で拭いておけよ。まだ残っているぞ、唇が赤い」
そう彼は笑った。
(君には言われたくないなあ)
何しろ彼の唇の方がルージュを引いたように赤いのだ。
君の唇はいつも赤
これくらいおどけて見せて初めて君に並ぶことが出来るんだよ。
* お題・Aコースさま
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