「この子を預かっていてちょうだい。ミッターマイヤー元帥にお渡しして」
 困惑する小姓に無理矢理自分の子を押しつけて、女は部屋を出た。死にかけた敵に興味はない。そして、敵の息子は自分で養うまでもない。
 女は、今死のうとしている男の所為で、貴族であったのにその家を追われた。あの男を殺すつもりだった。本来ならばあの男の子息など、わたしの腹から生まれるべきではなかったのだ。
 心底憎い男だと信じていた。お祖父さまもお父さまもわたしもあの男の所為で墜ちてしまったのだ。女はズカズカと足音を鳴らして外へ出た。下品な行動だと思った。
 殺していいといわれて殺せるわけがない。わたしは誇り高い帝国貴族なのだ。女は男を殺さなかった理由をそう無理矢理解釈しようとした。頭から幼い子の顔が離れない。あの男の使用人に手伝わせて乳をやったり、寝かしつけたりした、わたしの子。ミッターマイヤー元帥に任せて本当に大丈夫なのかしら。あの男が嬉しそうにいつも話していた相手だけれど、あの男はだいぶんおかしいから、わからない。女はわが子の幸せばかり考えている自分に気付いた。
 あの男と自分の子だ、顔だけはよくても性格は最悪だろうな、と女はひとりごちた。
「愚かだったわ、わたしも、」
 お前も。

 いつだったか、男が寝言で母を呼んだことがあった。わたしいつからあの男の寝言なんて聞くようになったのかしら?
 あんなひどい出会いじゃなかったら、わたしたち意外とうまくいったかもしれない。
 女は笑った。考えながら歩いていたらいつの間にか野原に出ていた。広い、空が見えた。




きる女と死ぬ男


 あの男、
 もう、死んだかしら。

 女はただ空を見上げた。青い空はあの男の片方の瞳のようでもあり、また自らの瞳のようでもあった。ふたりの間に生まれた、あの子の瞳にも似ていた。視界の空が滲む。

(泣いてないわ)
(家をなくした時も泣かなかったもの)

 女は声を上げて泣いた。野原にへたりこんでしまったので、ドレスは汚れてしまった。こんな光景を見たら、あの男はまた冷めた顔をして笑うだろうか。







*


 お題・コルデさま
 ロイエルが好きです。エルフリーデ嬢にはあれからも強く生きて行ってほしい。



 





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