彼は最後の最後まで傍らに我らの旗を掲げていたのだ。叛逆者などという汚名は彼には相応しくなかった。なぜ引き止めてやれなかったのだろう。こんなことになるかもしれないとずっと心のどこかで思っていたのに。



はここに置いて




 今日は第二十回目の、皇帝アレクサンドルの誕生祭だ。首都は色めき、すっかりお祭騒ぎである。
 城下に人々は押し寄せ、城の中からアレク陛下が現れると、一斉にわあっと沸いた。
「今日は私のために集まってくれてありがとう!」
 皇帝はそう言って笑顔を振り撒いた。両親の顔の特徴を巧く受け継いで、相当な美形に成長している。豪奢なほどの金髪に、ブルーの瞳はあまりにもうつくしい。その姿には、前皇帝ラインハルトの面影がある。ただ、彼の瞳の青はひどくやさしい。集まっている人々の中でも、特に女性は黄色い声を上げて声援を送っている。
 陛下の隣には、生母である皇太后ヒルデガルド殿下と、前皇帝の姉であるアンネローゼ殿下が静かな微笑みをたたえて佇んでいる。少し離れて、もうひとり端正な青年が微笑んでいた。フェリックス・ミッターマイヤーだ。深海のように涼しげな青い瞳に喜びをたたえている。彼と陛下は幼い頃から共に学び、遊び、育った仲だ。親友と言っていい。
 中央の赤い道をゆっくりと歩く皇帝たちはいつもうつくしい。皇帝を補佐する七元帥の一人・ビッテンフェルトは離れたところから見つめているが、とても満足だった。これからもきっと、この帝国は盤石だ。ジーク・カイザーの号令が鳴り止まない。
 自分と同じようにずっとその光景を見つめる目の前の男に、ビッテンフェルトは声を掛けた。
「ようミッターマイヤー、式に出ないのか?」
「ビッテンフェルトか」
 驚いたように振り返って、ウォルフガング・ミッターマイヤーは長身のビッテンフェルトを見上げた。
 国務尚書のミッターマイヤーは、フェリックスの父であり、同時に皇帝アレクの父親代わりでもあった。気さくなミッターマイヤーを、皇帝も実父のように慕っている。
「卿も出ていないぞ」
「俺はいいのだ」
 ミッターマイヤーは、ビッテンフェルトの返答を、人のいい顔で笑った。多忙な政務をこなす政治家であると同時によき父親でもある彼は、相当な苦労を積んでいるはずだが、いつまでもその笑顔は少年のようだ。
「俺は、フェリックスに言われたんだよ、いつまでも第一線の臣下でいる必要はないと。その代わり身内で祝う時には無茶苦茶に祝ってくれとさ」
「あいつも言うようになったな。まだ隠居には早かろう」
 ビッテンフェルトはかかか、と笑った。しかし彼には一つ、気にかかることがある。
「なあ、フェリックスはずっと『ミッターマイヤー』でいるつもりなのか。卿もあいつも両方ミッターマイヤーでは、呼びにくくてかなわん」
「……あいつは、考えさせてくれと言っていた」
 フェリックスにはもうひとつ名乗ることの出来る名字がある。それは「ロイエンタール」だ。
 フェリックスはミッターマイヤーの実子ではなく、その親友であったオスカー・フォン・ロイエンタールの子である。彼の死と共に明らかになったその子を、ミッターマイヤーは実子同然に養育した。前皇帝の直臣であれば誰もが知っていることではあったが、最近ではその事実も忘れ去られかけている。
 ロイエンタールは一度、叛逆者の汚名を着ており、それを忌み嫌うものもいた。フェリックスがもしその所為で嫌だと言うなら、ビッテンフェルトはフェリックスをぶん殴ってやろうかと思っている。しかしビッテンフェルトが考えているようなことをミッターマイヤーは思わないらしかった。
「フェリックスが元気に育ってくれたらそれでいい」
「なに? しかし、卿もあいつにロイエンタールと名乗って欲しかろう?」
「このようなことは、強制するものではない」

 ミッターマイヤーは、じっと祭りを見つめていた。皇帝は国民に祝福されて、和やかに笑っている。
 白の混じった蜂蜜色の頭が前に垂れた。
「フェリックスがこれからもずっと陛下を助けて、生きていってくれたらそれだけでいいんだ」
 その一言でビッテンフェルトも思い出した。前皇帝とその親友だったあの男のことや、ミッターマイヤーと親友であったロイエンタールのことを。少し俯いているミッターマイヤーの肩を、思わず強く叩いた。
「大丈夫だ、陛下とフェリックスは卿が育てた子だろう。必要以上の無茶はせんさ。それに……」
「それに、何だ?」
「俺たちが護ってゆけばいいのだ! この喜びが、いつまでも続くように」
 振り返ったミッターマイヤーは少し笑った。
「そうだな、卿らしいよ」
 華やかな祭りの収拾がついた頃、皇帝が二人の近くに寄ってきた。
「ミッターマイヤー元帥の家に行ってはだめか?」





 皇帝はお帰りになり、フェリックスやランベルツも就寝した後、ミッターマイヤーはひとりで歩いて外に出た。上空に広がる澄んだ夜空が眩しい。
 フェリックスは、彼の記憶にある親友に随分よく似始めている。喜んでいいのかは彼にはわからなかった。

 体ごと引き止めてやりたかった。広い空を見上げても後悔はやまない。それでも前へ進まなければならないのは、後ろに背負うものが増えているからでもある。

「先に星になるのは、ずるいだろうが」

 ミッターマイヤーは空を見上げた。頭上には、満天の星空が広がる。まるで彼の瞳のような、澄んだ青であり、また、澄んだ黒であった。





*

お題・Aコースさま
未来妄想でした。


 




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