扉の向こうから聞き慣れない歌が聴こえる。男所帯に釣り合わぬ甘い歌声と穏やかな曲調に、男は眉をひそめた。
 止めていただかねば。そして、ご一緒してもらわねばならない。コンコン、と厚い扉をノックした。

「ああ、お前か」
 扉を開いて微笑む閣下につられて男も笑った。微笑んだままで「早く会議室へと、みな閣下のお言葉を求めております」と告げる。
「そうか、もうそんな時間か。すまなかった」


 ふたりで他の者たちの待つ部屋へ向かう。流れるように歩きながら閣下は言った。
「あの歌は、あの方が時折流していた歌だ……あの方が好まれた歌だと言うには、あまりにも優しい歌だったろう?春の日だまりの元で流れる小川のせせらぎのような」
「はい、まるで春のよき日に一斉に蕾が花開くような……あたたかい歌でした」
「お前もそう思うか」
 閣下は遠くを眺める。あの方のお姿を、探しておられるのかもしれない。

 広間の扉の目前に着くまでに厳しい雰囲気を纏った閣下は、目前の取っ手に手を掛けた。開いた先にはたくさんの同志たち。そして、その後ろには、あまりに大きなあの方の肖像があった。
「……素晴らしいな、本当によく似ている」
 閣下は微笑んだ。
「待たせたな。語ろう、再興の為に」
 集まりし男達は亡国の士。
 心をまとめておくための象徴にすぎないその大きな肖像画は、その座の誰よりも存在感があった。閣下はそれを不意に見上げてつぶやく。
「やはり象徴には持ってこいだ」
 違う、あなたは違う、あなたにとってそれは。
「厳しかったあの方の目があると思えば気を緩められまい」

 あなたにとってそれは、愛しい人の似姿であるはずだ。男は言葉を総て飲み込んで、静かに閣下の話を聴き続けた。

 あの方の演説を、言葉を、知らない者は居ない。
 ただ高らかに語るあの方の姿以外を愛しているということは、この場にはそぐわないのだ。



*

 昔書いたものに加筆修正しました……
 あの肖像画はマジででかい。


 




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