今日からウッソは中学生になる。憧れのお姉さんであるカテジナさんの通っている、エスカレーター式私立「ビクトリー学園」に入学することになったのだ。幼なじみのシャクティはまだ普通の小学校に通っているが、いまのウッソには関係なかった。

「どうしよう…僕の走る速度じゃ入学式に間に合わないよ!」
 大幅に寝坊してしまったのだ。全速力で疾走していても、桜の花びらが顔にべたべたついて、更にウッソを阻む。入学式に遅れたらカテジナさんに笑われ……いやそれはそれでイイのだけど……ウッソは混乱していた。
 その時だ。

 隣を悠々と走っていく黄色い自転車が目に入る。速度は結構速い。地味なスーツを着た派手な赤毛の大人が乗っている。
 あの自転車があれば遅刻せずに済むだろうな……とウッソは思った。いや、思わなかったかもしれない。頭をよぎった瞬間、思いっきり自転車に飛びついたからだ。自転車を運転している青年を蹴落とそうとした。
「その自転車、貸してください!!」
「なんだ、なんだ、なんなんだ!?」
 青年は混乱しながらも、ウッソを追い払おうとした。
「このままじゃ、僕、遅刻しちゃうんです!!」
「だからと言って他人の物を盗っていいということにはならないだろう!!」
 乱闘を繰り広げた結果、ウッソは彼に勝利して自転車を手に入れた。満面の笑みを浮かべて、全速力で自転車を漕ぐ。
「うわー、これ、すごく早い!!」
「こら、待て!!」



 青年は黄色い自転車に乗ったウッソを走って追いかけたが、ウッソがあまりにも速いので諦めることにした。学校に連絡しようと思ってポケットに手を突っ込むと、携帯電話は先刻の乱闘で自転車にひかれたのか潰れている。
「クソ…今日が勤務初日だというのに」
 青年は、とにかく学校への道を走ることにした。
 彼はウッソと同じ学校へ初めて行く新任教師である。姉がお飾りの校長を張っている学校へ赴任したのだ。

 ガリー・タン先生の車を途中で見かけたが、先生は気づかずに行ってしまった。青年はがっくりと肩を落とした。


*




 式が終わって、ウッソは愛しいあの人を探す。カテジナさんを見つける速度は誰にも負けない自信がある。金髪の長い髪が目に入った。あの人だ!!見間違えるはずがない!!

「おはようございます、カテジナさん!!一年B組のウッソです!」
「あら、ウッソ君。今日から中学生だったわね……どうしたの、その格好」
 ウッソのずたぼろの制服を見て、彼女は目をまん丸くした。しまった。ウッソは激しく後悔した。カテジナさんにどう説明したらいいのか。
「えと……」
「ケンカでもしてたんだろ!!」
 黒髪の人影が乱入してきた。その人物をウッソはよく知っている。
「オデロさん!?どうしてこんなところにいるんですか?」
 オデロは、近場に住んでいる二つ年上の少年だ。ウッソの兄貴分にあたる。普通の公立中学に通っていたはずなのだが…ウッソは訝った。
「爺さんたちが『ウッソをひとりで私立に行かせるなんて心配だ』とよ。同じクラスにはウォレンがいるから安心しな」
「そんな!」
 ウォレンはオデロの弟分で、ウッソと同い年にあたる。純真なウォレンと一緒では、おちおちカテジナさんとイチャイチャ出来ない。


「お爺さんたちが君をこの学校に入れてやったの?」
 カテジナさんはオデロを物珍しげに見た。そして笑った。
「頑張って勉強するのよ」
「あんたに言われる筋合いはねーよ」
 オデロは露骨にむっとしていた。
「あんたルース商会のお嬢さんだろ、勉強するとか関係なく進級出来るんじゃねえの」
「……ウッソ君、こんな子と友達なの?」
 一気に険悪なムードになってしまった。
「二人ともよしてください、教室に早く行かなきゃ、遅刻になっちゃいますよ」
「それもそうね……わたしはこれで失礼するわ」
 去っていくカテジナさんは後ろ姿も完璧だった。彼女に見とれるウッソの隣で、オデロは胸くそ悪そうに「けっ」と呟いた。



 キンコンカンコン。
 チャイムが鳴り響く。遅れてくる生徒がいないかどうか確認しに、女教師のファラ・グリフォンは学校の門を出た。すると、赤毛の青年が門へと走り込んできた。しかも学生ではなく、待っていてもなかなか来なかった新任教師だ。
「すみません、遅れました」
「おいおい、新任教師の君が遅れてどうするんだ、クロノクル。しかも泥まみれで……」
「し、失礼しました」
「早く着替えて、教室に行きなさい。ジャージを貸してやろう。ついてきなさい」
「はい、申し訳ありません」
「ははは、気にするな」
 ファラは笑うが、クロノクルは気が気でない。ファラについて職員室にゆく。
 歩いている途中で、見慣れた自転車を見つける。何ということだろう、あの少年はこの学校の生徒なのだ。
 しかしそんなことに構ってはいられない。いそいそと着替えて、自分が担任を持つ教室を目指す。
「三年生のA組は、東棟の二階の突き当たりか……」
 エスカレータ式で上がっていくとはいえ、高校三年生の担任から始まるのは気が重い。

 一方、ウッソも三年A組に向かっていた。自室の始業式の挨拶は早く済んだので、カテジナさんに会いに来たのだ。
「カテジナさーん!」






 つづくかもしれない。



 





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