舞台の上で花のように舞う少女を、男たちは静かに見つめていた。彼女のスカートの襞は、スポットライトに照らされて、羽のように見えた。透けた薄い浅葱色が、羽化したての昆虫の羽を想像させる。


 彼女は裏稼業に手をつけている富豪の娘で、当年十二歳の少女だ。依頼人はその富豪である。彼が殺したがっている男が、その少女の晴れの舞台であるここに集まって来るという。人形ならば何らかのパフォーマンスとして煙に巻けるだろう、というような曖昧な理由でこの男たちは雇われたのだった。
 彼らは、この少女に何度か顔を見られている。その度に少女は一言も言わずに男たちを一瞥し、見下したような目をするだけだ。
 中にはその目に深く傷つく者もいた。何せその少女はあまりにもうつくしかったからだ。見下す目は鋭く、暗い。
 まあそんなものだろう、あれくらいの年の嬢ちゃんは。と、頭領の男は乾いた声で笑った。






 演目が一つ終わり、観客席から拍手が上がる。
 標的を見据えて強引に繰り出した人形が、舞うように舞台に流れ込む。逃げ惑う男を追い、男の姿を決して観客に見せぬように、その命を絶たんとした。
 がん、と人形が壁にぶち当たり、崩れ落ちる。壁面の先には、少女が立ちすくんでいた。
 少女は声も出ない。頭の中が真っ白だ。身を庇うことも出来ずただ落ちて来る壁を見ていた。






 少女は轟音の中で、目の前に立っている男を見た。そうして、聞こえる胸の高鳴りで、自分が生きていることを確かめる。
「あの……ありがとう、殺し屋さん」
「なに、あんたを殺す必要はねえんでね」
 襲ってくるSPをぶちのめしながら、男は事もなげに答える。
 少女の中の死に対する恐れは、この男の出現で吹き飛んでしまっていた。
 喉を絞り出すように、男に呼びかける。

「あ、あの、わたし」
「何ですかい」
「わたし、あなたのことが、ずっと気になっていたの。このまま、一緒にいてくれないかしら、わたしの、その、わ、わたしの男に。わたしのものになってくれませんか」


 ずっと少女は彼を見ていたのだ。細く長い指が煙草をくゆらすさまを、長いコートの裾が歩く度にはためくさまを見ていたのだ。男たちを睨みつけていたのは、彼のことを聞き出すか聞き出すまいか悩んでいたからだった。
「お金ならいくらでも出します。だから。だから……」
 羽のようなスカートを握りしめて、うつむいてつぶやく。少女は耳まで真っ赤だった。




 男はすこし手を休めて少女の方に向き直った。周りでは舞曲めいた戦闘が続いている。それでも少女の耳には、目の前の男の声ばかりが大きく響いた。
「……嬢ちゃん、あたしゃ、いくら積まれてもあんたのもんにはなれねえぜ。男は、金だけで靡くもんじゃねえのよ」
「じゃあ、何が必要なの……」
「嬢ちゃんにはまだ早い。いい女になって、今度また、誘惑しておくんなせえ」
 細く長い手で、男は少女のやわらかな髪に触れた。少女はおずおずと男を見上げる。
「いい女……って、あなたが好きになってくれるような女性のこと?」
「よくわかってるじゃねえか。そうさな、今度は」
 イイコト、シヨウナ。
 男はそれだけを囁き、切れ長の目を細めて笑った。





 男の部下が撤収し始めている。標的は仕留めたらしい。
 粉塵が上がり、幾つもの人形が舞台から去ってゆく。
「早く、ずらかりますぜ兄貴!」
 男も、自分を呼ぶ声に応えて右手をすっと上げ、去って行った。






 揺れる紫煙が見えなくなっても、少女は男の背中を見つめていた。
 大人になったら、きっとあの人を呼ぼう。何でもいい、理由をつけて呼ぼう。その時にはきっと、きっと……

 間近で嗅いだマルボロのにおいを、暫く忘れられそうにない。
 崩れた舞台の真ん中で、少女はただ花のように立ち尽くしていた。





咲く初






*

阿紫花ゆめのつもりです。
友人のきのとちゃんへ送るつもりで書いたものでした。
とにかく私はnotロリコンであろう男とロリが絡むのが好きです……



 





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