ガサガサ、ガサガサ、耳障りだ。
 青年は長い髪と長い指で耳を塞ぐ。
 耳についた雑音、それは何の音だったろう。札が擦れる音だったろうか。ああどこに行っても同じ音が聞こえる。汚らしい、汚らしい、汚らしい。



 彼は。
 歌うような青空を見上げている彼は、空の下に広がる町を愛している彼は、あんな音を聞いたことがあるだろうか。あるだろうな、ないのならばきっと彼の傍に俺はいるまい、そう青年は思った。

 振り返ると、目線の先には彼の凛とした顔があった。
 じっと青年の顔を見て、唇を開く。


 ああ、なんだ。
 泣いていたのか。
 彼はそれだけ言うと、青年の長い髪をゆっくりと撫でた。そうして、撫でた手をそのまま背中に回して、抱きしめた。幼い子をあやすように背中を撫でさする彼の手は、まるで母親か父親のようだ。
 青年は自らの頭によぎる空想もしくは想像、妄想を打ち消すために、また同時に、受け入れるために、長い腕で彼を抱きしめた。しがみつくように強く、強く抱きしめた。


 雑音はもう耳に入らない。
 あるのは自分の声と、腕の中の温もり、それだけだった。




うでのなか



 






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