「昨晩は大変なご迷惑をお掛けしました。何でもあなたには、細君がいらっしゃるそうで。昨夜のことはお忘れください。僕が一方的にあなたに詰め寄って跨っただけですから。そうだ、僕の指を、お見せしたでしょう。あの欠けている部分が、あの時埋まったような気がしました。あの一瞬、確かにあなたによって僕は、変わったのです。僕はあなたに埋めてほしかったのかもしれない。ああ、あの、またお会いしたいのですが」
「あ、ああ、もちろん……」
「ありがとうございます。では、また」




 彼は一方的にまくし立てて、それから、頭を下げて去っていった。その背の高い背中を目で追うと、黒い外套がひらひらと揺れている姿に吸い寄せられるようだ。細い道を歩く細身の姿は、もし冬ならばほんとうに格好の付いた青年だと言えたろう。

 彼は、思っていたよりずっと、表情豊かで人間臭かった。
 切れ長の瞳が、笑ったり泣いたりするのを見た。血の通った人間なのだ。当たり前のことを失念していた気がする。

 自分よりもずっと若く、おまけに美しい彼に、冴えない自分がどう映ったかはわからない。だが彼は「また会いたい」と言った。
 自分から連絡を取るなんて甲斐性はないし、きっとまた会うときは仕事上の何かの時だろう。
 それはそれで、新しい関係を築いていけるはずだ。男はそう信じた。
 その時はもう、こんな事にはならないのだろうけれど。



 男は空を見上げ、少し寂しいような、ほっとしたような気分を胸に、自宅への道を歩いていった。




 






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