薔薇の丘
「君はほんとうは誰よりも優しい人だ、だからもう、そんなことしなくていいんだよ」
目を覚ますと、目の周りは涙でぐちゃぐちゃになっていた。
しかし、どんな夢を見たのか、男は覚えていなかった。
男が覚えているのはさっきの言葉と、赤い薔薇が咲き誇るうつくしい丘の風景だけだ。
あの言葉は、誰の言葉だっただろう。
誰かが夢の中で笑っていた。ばかなあいつの声だった。あいつはもういないのだった。それとも可愛いあの子の声だったろうか、あの子ももういない。
「わたし、が、ころした」
男は自らの手を眺める。それは震えていた。男にはその白い手の上に赤い血が見える。
ひとすじ涙が零れた。
扉が開いて、少年が入って来た。何だか胸の扉までこじあけられたような気分になり、涙を拭って少年の方を向く。
赤薔薇の丘は過去の墓場だ。
男は覚えていなかったが、赤い薔薇の丘には彼の覚えているだけの死んだ戦士たちの墓が、沢山並んでいたのだ。
男は振り返ることも許されなかったのか。
なぜ立ち止まることを許されなかったのか。
それは誰にも分からない。
ただ神のみぞ知りたもうのだ。
「行こうか」
男は少年に声を掛けた。少年の返答よりも自分の一歩を促すために。
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