ゆるされぬ寓話





 むかしむかし、「せんそう」があった頃に、ふたりの男がいました。どちらも、自らが背負っていると思い込んだ儘のものを抱え込んで、精一杯生きていました。そして、そのうち金髪の男はもうひとりを殺してしまうのです。彼自体を殺すほど憎んでいた訳ではありませんでした。ただ背負ったものの重さの為に殺してしまったのでした。それからを虚しさに苛まれて生きることになりました。

 ところが、なんという運命の不思議でしょう、彼は生きていました。瓦礫の中で奇跡のように生きていました。命は助かったものの、彼は盲目になりました。

 わたしの両親が彼を助けたと言います。けれどそのすぐのちにわたしの親は戦火にの中で死んでしまいました。
 そうしてわたしは彼に育てられました。

 気品があって優しくて、時折悲しそうに笑う彼をわたしはいつしか父と呼ぶようになっていたのです。

 彼は、夕陽を眺めてはいつも誰かを待っていました。新しいたたかいが始まってからも、ポツリと「違うな」と言うだけで、戦うことはしませんでした。後で知ることですが、彼の待っていた人物はこのたたかいの終り頃テレビに映っていたそうです。しかしそんなことは知る由もありませんでした。

 わたしは、事情が呑み込めて来るにつれ、恐れるようになりました。彼が待っている誰かが来てしまうのを。きっと今までの生活が崩れてしまう、そう思いました。


 そして、その日は遂にやって来たのでした。
 きれいな金髪の、これまた傷ついた男がやって来ました。盲目の男と同じくらい、いや、更に整った顔立ちの美男子でした。傷ついた彼を、盲目の男は迎え入れました。待ち望んでいたたったひとりの声だったのでしょう、盲目の男はわたしをわすれた様に飛んでゆきました。

 盲目の男を見た時、金髪の男は驚きました。当然です。自分が殺した筈の男なのですから。そんな相手が、目の前でにこにこ笑っています。金髪の男は言葉にならない声を発しました。盲目の男は微笑んでいました。逢いたかった、と。
 盲目の男に金髪の男は縋るように近寄りました。金髪の男はまだ何かに縛られて苦しんでいるのに対し、もう盲目の男は何にも縛られていないのです。それが羨ましいのか、悲しいのか、金髪の男は盲目の男をじっと見ていました。

 ほんの少しの間でしたが、金髪の男はわたしの家に居着きました。奇妙な生活でした。常にわたしは終焉に怯えていました。
 戦いを忘れた背中に、戦いにずっと身を置いていた両腕が触れます。火傷の跡を撫でました。少しみじろぐ盲目の男に対して金髪の男は、ゆるしてくれ、とぽつりと呟きました。返答は微笑み一つでした。

 本当にほんの少しでした。きれいな金髪の男がずっと居着いていたのは。でも、そのあとも、時々我が家に立ち寄るようになりました。わたしはそれを常に恐れました。ふたりの男が揃う時、それだけでわたしは頽廃を感じたからです。

 金髪の男はいつも少女を連れていました。時折別の少女に変わっていました。それでも、彼女たちは皆その男に心酔しているようでした。わたしには、彼の魅力など何も解りませんでした。




 何年経ったことでしょう。金髪の男は言いました。「たたかう」と。わたしにはそれ以上のことはよく解りませんでした。
 金髪の男は少女を連れていました。このこは君がしあわせにしてくれ、そう言って少女を盲目の男に引き渡しました。
 盲目の男はただ悲しそうに笑いました。彼を引き止めることはしませんでした。
「結局、僕たちは道を交えることが出来なかった」
 風に揺れる金髪を眺めながら、盲目の男は呟くのでした。



 金髪の男がテレビに映っていました。盲目の男は古いテレビの前にちょこんと座って、彼を見ていました。見えてはいない筈ですが、彼が「見ている」と言ったのだからそうなのでしょう。軽業師を見る幼子のような、息子の決勝試合を見る母親のような、そんなたたずまいでした。一方でわたしは金髪の男が置いて行った少女と仲良くなりました。年は私より四つ下で、妹のようにかわいいのです。


 そして遂に
 恐れていたことが
 現実になりました。

 テレビの前で小さくなっている盲目の男を見ました。どうしたのか、と問うと、悲しそうに笑いました。ああ、いけない。あの男が死んだんだ。わたしは咄嗟に彼の手首を掴みました。強い力で握り締めました。
 わたしから視線を外した盲目の男は言いました。
「彼はひとりじゃないんだ。よかった、ほんとうによかった」
 口は笑っていました。目から涙がぽたぽた落ちました。悲しみよりも安堵の涙でした。


 行かないで、いやよ、行かないで、とは口に出せなかませんでした。彼はどんどん言葉を紡いでゆきました。わたしの頭には半分も入りませんでしたが、好きだったとか、護りたかったとか、ごめんね、とか、いろいろな言葉が聞こえました。


「君を置いて行くけれど、許しておくれ」
 いや、ゆるさない
「君はもう強いから大丈夫」
 大丈夫なんかじゃない!
「あのこを護ってあげてくれないか、君は強い女の子なんだ」
 いや、いや、いや!!
「僕はこうすることしか出来ないんだ」



 ああ、



 わたしは彼から離れました。隣の部屋に行って、扉を閉じました。部屋では少女が寝台で眠っていました。頭を撫でてやると、わたしの頭を撫でてくれた彼の手を思い出します。

 水の飛び散る音がしました。わたしは何が起きているのか解っていました。けれど、行かなければなりませんでした。
 扉を開けると、思った通りの最悪の情景が目の前に広がりました。血の臭気と共に。ああ、わたしはこうなる日をずっと恐れていたのに、なぜこうなってしまったのだろう。わたしは、彼の隣に跪いて泣きました。
 お父さん、
 お父さん、
 お父さん!!

 けれども、泣いてばかりはいられません。
 あのこを連れて逃げなければいけないのです。この不幸な「たたかい」の残り香を嗅がせてはならない。
 わたしは少女を背負い、ひたすら走ってその部屋から逃げました。彼の身体を埋めなかったことを、今ではひどく後悔しています。
 わたしが逃げた瞬間、わたしたちが暮らしたあの部屋に残っていた「せんそう」は終わりました。あの部屋は、赤い血で染まっています。それは、金髪の男の背中の赤に似ていました。




*

 ガルマが生きていたらどうかなと思ったのですが結局死なせてしまいました。
創作女子があまりに出張っているので夢小説?



 






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