聖なる夜に……


今日はクリスマス。恋人たちが人目も憚らずイチャイチャしてもクリスマスだからだという簡単な理由で多目に見られるイベントだ。

私にも恋人はいるが、関係のない話だ。何故ならイベントなんて関係なくイチャイチャしてくるからだ。そのお相手とは西浦の小柄な四番で有名な、田島悠一郎だ。
彼は常に堂々と下ネタを連発する。オープンエロなのだ。全く、付き合う方の身にもなって欲しいものだ。


「あまねって良い匂いがするな!オレあまねの匂い大好き」

「あぁもう。はいはい。分かったから早く離れてよ暑苦しい!っていうか私の匂い嗅がないでよ恥ずかしい」


クリスマスだというのに遅くまで野球部の練習をしていた悠一郎からメールが来たのだ。

"レンシュー終わったから家に来いよ!オレの母ちゃんもあまねのこと待ってるから早く来いよな!"

私の家は悠一郎の家から近く、家族ぐるみの付き合いをしていた。だから、私たち二人の交際は家族公認という訳だ。

悠一郎のお母さんはとても面白い人で彼はその遺伝を引き継いでいるのが、良くわかる。

話を元に戻すけれど私たちは家族ぐるみの付き合いで、交際も家族公認な訳でありまして、私の親は共働きで帰りも夜が明けるまで遅い。

クリスマス等のイベントは専ら悠一郎のお宅にお邪魔してお夕飯を頂いたりなんてことも良くある。だが、今年はいつもと違う。何せ交際をして初めて過ごすクリスマス…楽しみでもあるが緊張して胸がドキドキしてしまう。

悠一郎からメールをもらって大急ぎで準備をしておいたツリーやトナカイの形にくり貫いたクッキーに透明の袋で赤と緑のリボンでラッピングをお土産に持って、精一杯のお洒落をして悠一郎の家へと向かった。

悠一郎のお母さんに「あの子なら部屋にいるからねー。それにお夕飯までまだ時間あるからあまねちゃんゆっくりしていってね」と何故か生暖かい瞳で言われてしまった。しかも部屋に向かう途中に悠一郎のお兄さんやお姉さんにも生暖かい瞳で言われた。


(ななななんだこれ!?)


いつもと違う待遇に若干ぐったりしながら彼のいる部屋の扉を開ける。すると待ってましたと言わんばかりにあまねを持ち上げて部屋へと連れ込んだ。そして、冒頭に至る訳だ。


「あまねって良い匂いがするな!オレあまねの匂い大好き」

「あぁもう。はいはい。分かったから早く離れてよ暑苦しい!っていうか私の匂い嗅がないでよ恥ずかしい」

あまねを後ろから抱き締めて首筋辺りをくんくんと匂いを嗅いでいる。

いくら止めてくれと悠一郎の腕の中で暴れ回ってもびくともしない。一体その腕の何処にそんな力があるのか不思議なくらいだ。

あまねは何をしても無駄だと悟りされるがままになった。それとは逆に悠一郎は楽しそうにあまねをぎゅっとしたり、髪の毛くるくると弄っている。

(そんなに楽しいのかな?)


「なああまね。」

「ん、なあに?」

ボーとしていると後ろから呼ばれて返事をする。


「今日はクリスマスだしさ、しようぜ!」

「はあ!?ゆゆ悠一郎あんた何を言って…!」

「だからさ、エッチなことだよ。大丈夫だって!兄ちゃんのベッドの下にある秘蔵のエロ本で知識もバッチリだから!」

「ぎゃああああ!もうあんた何も言わないで良いから、もう喋るな。お兄さんの本も自慢げに見せなくて良いから!」


悠一郎はさらりと言った。薄々そんなことではないだろうかと思ったのだ。田島家全員の反応、そして悠一郎の普段の行動。気付かない筈がない。


「な、あまねしようぜ?」

「ふざけん…っ、うわあ」

「あまねもっと色気のある声出さないと駄目だろ?」

「うっさい変態!そっちが耳に息を吹きかけるのが悪いんじゃない」

悠一郎から不満の声が漏れる。

「あのさ、あまねはさっきオレが息を吹き掛けた時どんな気持ちだった?」

「ぞわぞわして気持ち悪かった。だからもう息吹き掛けるの止めてよー…」

「それは気持ち悪いんじゃなくて気持ち良いんだって!」

「はああ!?え、ちょっと」

突然こちらを向かせて目をキラッキラと輝かせて捲し立てるように言う。

「大丈夫だって!全部オレに任せれば大丈夫だから」

「なにが大丈夫なの―…っひゃあ!?」

「声、我慢しなくて良いからな。っていうか、いっぱい声出してくれな!」

「や、やめ…っ!」

「やだ。やめないもんねー」



*****

「二人ともお夕飯出来たわよー。降りていらっしゃい」

下から悠一郎のお母さんが私たちを呼ぶ声が聞こえる。けれど、私はぐったりして動けない。それに対して悠一郎は「早くしないと夕飯なくなるぞ」と疲れた様子もなく元気そうに見える。

「誰のせいでこんなになってると思うのよ…」

恨めしそうに言うと「もしかしてオレのせいか?」と指を指して問いかけてくる。あんた以外に誰がいるのよと内心毒づいていると悠一郎が突然アッと声を上げた。

私は訝しげにどうしたの?と聞いた。


「あまねが動けないんならオレがおぶればいいんじゃん!オレって天才」

「え、ちょっと、え!?」

おもむろによいしょと私を持ち上げ始める悠一郎。所謂お姫様抱っこという大変恥ずかしい格好になった。

離して欲しいと抗議の声を上げるがはいはいと頷くだけで聞く耳を持ってくれない。嗚呼もう顔から火が出るほど恥ずかしい!


「あらあらあまねちゃんに悠遅かったわ…ね」

「あまねが動けないって言うからさー。降りてくるのに時間かかったんだんだ!あ、まだみんな夕飯食べてないよね!よしっ夕飯夕飯ー」

悠一郎はお母さんが固まっていることに気にすることもなくリビングへと向かう。私は苦笑いをするしかなかった。


「ちょっと悠一郎!お母さんが呼んだら直ぐに来なさいっていつも言ってるでしょ…ってあれ、あまねちゃんどうして悠一郎にお姫様抱っこされてるの?」

リビングに入るなりお夕飯の準備を手伝っていたお姉さんに怒られるが、悠一郎の腕の中でぐったりしているあまねに気付き疑問を口にした。

あまねが答えるより先にオレが張り切り過ぎたせいだと言った。お姉さんはあまねに

「悠一郎が彼氏だと大変ねえ…ほら、悠一郎もっとあまねちゃん大切にしないといつか愛想をつかされちゃうわよ?」

「わかってるって!オレあまねのこと大切にしてるから。な、あまね?」

「え…ま、まあ…ね」

ほらなー!とお姉さんに向かって言うが「はいはい。そうだっわね」と生暖かい瞳で笑う。

「悠一郎のことで困ったことがあったらいつでも相談しに来てね」とお姉さんにこっそり耳打ちをして片目を閉じてパチリとウインクをされた。

(いいお姉さんだ。)

「なに二人でこそこそ話してるんだよー。オレも混ぜて、ゲンミツに!」

「ふふっ。内緒」

「悠一郎には教えないもんねー。」

お姉さんと二人で話していた内容を教えてもらえず口を尖らせて文句を言う悠一郎にクスクス笑う。

本当に直ぐ表情に出るんだから。でも、そんなところが好きなんだけど。

「さて、お喋りは食べながらでも出来るし、みんな集まったからお夕飯食べましょ!」

いつの間にか集まった田島家ファミリーの大家族には驚かされる。手を合わせて頂きますと言うと同時に目の前のご馳走にお箸がいく。まるで夕飯は戦争だという程だ。だが、私も伊達に何年も田島家でご相伴に預かっているわけではない。

食うか食われるかの早い者勝ちだ。私だって負けていられない。



*****

お夕飯が終わり食器を片付けているあまねを見て慌てたようにパタパタと走ってきたお母さん。

「あらまあ、あまねちゃんはお客さまなんだからお片付けしなくてもいいのに」

「いえ、お夕飯をご馳走していただいてますし…そういう訳にはいきません。」

「本当に良くできた子ねえ…悠一郎にはもったいないわあ」

そんなことないですよと照れたように笑うとそんなことあるわよと言われた。

「あまねー。もう風呂入れるぞー」

タオルを肩に巻き身体からほかほかと蒸気させた悠一郎が現れた。

「はいはい分かった…て、えっ?お風呂?」

「え、あまね泊まって行くんだろ?」

さも当然のことのように言う悠一郎に目が点になる。

「毎年クリスマスはお夕飯を頂いたら帰ってるじゃない」

「それはそうだけど、オレたちコイビトなんだからいいじゃん」

「いやいやいや、いくら恋人といってもね、私のお母さんたちが家に帰って私がいなかったら心配するし…」

そして何より嫌な予感しかしないから早く帰りたいんです。なんて言えず言葉を濁す。

「そういうことだったら母さんからあまねちゃんのお母さんに連絡しておくから大丈夫よ」

そうと決まれば電話電話といそいそと受話器を取り通話し始める。チラリと悠一郎を見ると瞳が、キラッキラと輝いている。これはもう決まったも同然だろう。諦めて覚悟を決めるしかない。

案の定親から返ってきた言葉は「不束な娘ですがどうぞ宜しくお願いします」という大変不吉な返事だった。

「じゃあ、風呂上がったら早く来いよな!…今夜は楽しみだなー、ゲンミツに!」

な、泣いても良いですか。


昨夜はとてもお楽しみだったとでも言っておきます。メリークリスマス!
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