▼ 瞳の先の人
オレはあまねが好きだ。その笑った顔も怒った顔も全部、全部…だけど、あまねの瞳にはオレとは別の違う男、同じクラスメートであり部活仲間である阿部だ。
あいつの何処が良いのかと一度だけ、聞いたことがある。そうしたらあまねは少し照れたように「んーとね、全部、かな?」そう言って笑った。
「アイツは…阿部はあまねのことなんか見てなんかいないんだ。」
そう言いかけて慌てて口をつぐんだ。
「どうしたの、花井くん?」
あまねは無防備にズイッと俺の顔を覗き込むように近づいてきた。
(オレの気持ちも知らないで…)
だけどあまねの悲しそうな顔を見たくなかったから今、オレに出来る精一杯の笑顔でこう言った。
「阿部と…付き合えると良いな。」
「うん。ありがとう、花井くん。私、花井くんの優しい所大好き!!」
(止めてくれ、あまね。期待させないでくれ)
あまねの何気ない"大好き"その一言でオレの心を掻き乱す。"大好き"ならオレのことを見て欲しい。
でも、あまねはオレを見てくれることはなかった。
(だって、今もあまねの瞳には阿部、只一人だけしか見つめていなかったのだから…。それなら今のオレに出来る事はあまねの"大好き"な"優しい人"を演じるだけだ)