▼ 黒栄口くん爆誕
「お、栄口ー!はよー」
朝練に向かう途中、同じ野球部の仲間の栄口に合った。
「朝からウゼェんだよクソレ。黙れ」
機嫌が悪かったのだろうか、普段優しい彼が絶対にそんな口調で喋らないので、心の弱いオレ水谷文貴はビビってしまった。
「栄口…お前一体どうしたんだよ…」
―朝練終了―
「おっし!朝練終了。」
「あぁー終わった!」
「あり?水谷くんどーしたの?」
水谷くんが放っているオーラがどんよりと沈んでいたので心配になって話しかけてみた。
「聞いてよ桜井ー栄口がね、ヘンなんだよ!」
若干涙目になりながら訴えるが、あの誰よりも優しい栄口くんが変な訳がないだろう。
今朝の練習も普段通りだったのだから。水谷くんの勘違いでしょうと言ったが納得出来ない顔をしていた。
「だって…朝練始まる前に挨拶しただけで"ウゼェ"とか、"クソレ"とか言うんだよ」
「栄口くんだって機嫌の悪い時があるんだから気にしない気にしない」
「でもぉ…」
「桜井大変だ、栄口が」
焦ったように我らがキャプテン花井くんが此方に向かって走ってきた。
「何事!?」
「栄口が阿部とケンカしてるんだ!!」
「どうしてそうなったの!?」
「栄口が阿部の事"タレ目でキモい"とか言っちゃって阿部がキレたんだ」
「…本当のことじゃん?」
「普通『二人とも仲間なんだからケンカなんかしないでー!』とか、言うんじゃないの!?」
ぽかんとした顔で言ったら怒られた。
「だって…喧嘩の仲裁って面倒臭いもん」
「面倒臭いの一言で済ませるなよ」
「だったら皆が止めればいいじゃん?」
それにこういうものは男の人がするもんでしょう?私に彼らの喧嘩を止められると思っているのか。私のことをどう思っているのか一度聞いておいた方がいいのかもしれないな。
「止めようとしたが田島は"もっとやれー"とか言うし…三橋はアワアワ言うし…泉は"関わりたくない"とか言って先に行ったし。他の奴らはとっくに教室行っちゃってるし…。」
ガックリと項垂れる花井の肩にポンと手を乗せて労りの気持ちも込めて笑顔で言ってあげた。
「花井キャプ…お疲れ様です…それじゃあ私これから一限目シガポの授業だから―…」
がしっ。
そそくさと退散しようとしたら花井くんにシャツを掴まれてしまった。これが今じゃなかったら凄くときめくのに!!
「桜井…お前しかいないんだよ」
「あれ、もしかしてオレって戦力外?」
オレそっちのけで話が進んでいくのを聞いていられなくなり、会話に混ざってみた。ずっとオレは桜井の近くにいましたよ。喋ってなかっただけで。
忘れるなんて酷い!!花井にいたっては「あれ、いたのか?」と言われる始末。泣いていい?オレ、泣いていいよね…?
「「戦力外に決まってるでしょ(だろ)?」」
なに当たり前のこと聞いてるのコイツ?って顔で言ったよ二人とも!!
「桜井も花井…ヒドイよ…」
「まーったく。どいつもこいつも…仕方ない、この西浦で可愛い子No.2のあまね様が行ってあげようではないか!」
えっへんとふんぞり返ってみる。体の骨の一部が折れた音が聞こえた気がするが気にしない。花井くんが笑いを堪えてるように見えるが敢えてスルーする。
「っ!、…で、No.1は誰なんだ?」
「千代ちゃんに決まってんでしょ!?あのスウィートエンジェルがこの野球部にいるんだから光栄に思いなさいよ」
「……(何も言えない…てか胃が痛くなってきたような)」
***
「いつもいつも三橋三橋…お前本当はホモなんじゃねぇのか?」
「なっ!?オレはホモじゃねえよ、ただ小動物がたまらなく好きなだけだ」
「キモッ…。阿部本当にキモいよ」
「お前に小動物をけなす理由が何処にあるんだよ!?謝れ、全世界の可愛い小動物に」
「…でもさ、阿部ホントにキモいじゃん?」
二人の会話に違和感なく混ざっている私。栄口くんの意見は正論に聞こえるので同意してみた。
時々阿部くんの三橋くんを(舐めるように)見つめる様子にはいつか間違いを起こすのではないかと思っているからだ。
「ほら、あまねも阿部のことキモいって」
「なっ」
「けど…あまねと俺が同じこと考えていただなんてな…。」
そっと壊れ物を扱うような仕草でおもむろに私の頬に手を添える栄口。あまりにも自然にしているので思わずそのまま流されそうになってしまった。
「ち、ちょっと!!栄口くん何!?その、今からキスしますよーって感じの熱い眼差し…ぎゃああ」
なんとか彼の魔の手から逃れようと試してみるがなかなか逃げられない。
「そんな細かい気にしなくてもいいよ…あまねのこと愛してるから」
どんどん栄口くんの顔が近付いてくるにつれて胸の鼓動が高鳴ってくる。
「ちょ、やめっ」
「なぁ桜井たち…さりげなくオレ無視するのやめ…」
「キモベは黙ってろ」
そんな主張する前に私を助けなさいよ、ばか!!
「さぁ…邪魔者はいなくなったし」
「ぎゃああ本当に此方来んな!!」
「う゛っ…」
「うっ?」
「うぇぇーーっ」
片膝をつき吐いてしまう栄口くんを唖然としたまま見てしまった。
「え、ちょ栄口くん!?」
栄口くんの顔の前に手をヒラヒラかざしてみても反応のない彼に焦った私に阿部くんは冷静に彼の症状を見てこう言った。
「これは…風邪だな、しかも凄い熱」
「え、熱って大変じゃない!!ちょ、阿部くん、保健の先生呼んで来てよ!!」
―その後、栄口くんはさっきまでの記憶はなく。放課後の練習は何故か、阿部くんとあまねちゃんが、栄口くんに対してよそよそしく振る舞っていたのはまだ、誰も知りません…。