ささやかな楽しみ

縁下くんはいつも「僕なんか僕なんか」って言っている。私はその言葉を聞くたびに胸が痛くなる。何故彼は自分を卑下するのだろうか。私は彼に直接聞いたわけではないからどう思っているのか分からないけれど、きっと鵜養監督が倒れて一時的ではあるけれどバレー部を抜け、凄い一年生が入部したことが少なからず関係しているからかもしれない。全部私の妄想に過ぎないけれどね。



「縁下くんはもっと自分に自信をもって良いと思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ」

授業の終わりの休憩時間中にそんなことを話してみる。縁下くんは次の授業の教科書やらを机の上に出してからいつもの自信のなさそうな、見る人によっては眠たそうな顔で笑う。そんな表情でもキュンとしてしまうのは彼に恋をしているからだろうなと思いながら私は頬杖をついて笑った。


「でも自信を持つって言っても一体どうしたらいいのか全く分からないなぁ」

困ったように眉を下げる縁下くん。

「縁下くんは気が付いてないかもしれないけどね、人一倍頑張ってることを誇って良いと思うよ。それに、大好きなバレーを諦めないでひた向きに励んでる縁下くん、私は好きだよ」

放課後、彼が真剣な瞳で練習する姿を思い浮かべながら私は言う。普段はこう、ぽやーっとしているのにバレーとなると目付きが変わることを体育館の外からこっそりと見ているから私は知っている。

そのことを以前友達に話して一緒に体育館まで確認しに行くと「変わっているようには見えないけど、楓の勘違いなんじゃないの」と言われた。「勘違いじゃない」ムッとした顔で言い返すと、友人はそんな私を見てニヤニヤとした表情を浮かべながら「楓は本当に縁下君のこと好きだねえ。」なんてからかわれた程だ。

あの姿は本当にカッコいい。根が真面目だし、優しいし、何よりこの誰にでも気軽に話掛けられるから新しく入った一年生にもすぐ"先輩先輩"って呼ばれて慕われてたりして……彼の人柄の成せる技だなとか思ったりして。ふふ。

「………………え?」
「え、どうしたの?そんな顔して……」

目をぱちくりとさせて驚いた表情をする縁下くん。

「浅海さんが笑ってたからビックリしたんだ」

別にだからどうだってことはないんだけどねと付け加えて縁下くんは笑った。やだ、もしかして私の頬緩んでた!?だとしたら恥ずかしすぎる。もう遅いかもしれないけど私は慌てて両手で顔を隠した。縁下くんの前ではそんなだらしない顔を見せたくなかったのに……!なんて失態をしてしまったんだ。楓一生の不覚。

「浅海さん。ありがとう」
「え、あ、いや、私そんなつもりで言った訳じゃ……」
「うん。分かってる。浅海さんは思ったことを素直に言ってくれただけだよね……時々練習してる所見に来てくれるもんね」
「……えっ……なんで知ってるの……」
「ほら、下の窓から顔を覗き込んでいたりドアの向こう側からこっそり見てたよね。スポーツ飲料の差し入れもマネージャーの清水先輩から聞いていたんだ。先輩が本人が恥ずかしがるから誰にも言わないでって口止めされてたんだけど……あの時はありがとう田中もノヤも泣いて喜んでたよ『女子からの差し入れだー!』ってね」
「あ、はは……喜んでもらえて良かった……」


内心冷や汗が止まらない。あれほど細心の注意を払って見学(という名の観察)をしていたのに。バレバレだったことにショックを受けた。誰にもバレてないと思ったのに。それによりによって想い人の縁下くんに気付かれてたなんて……嬉しいやら悲しいやら。嘘です。嬉しいです。けど恥ずかしいこの乙女心。


「浅海さん、良かったら今度からは中に入って見学して行ってよ。みんなも喜ぶし……その、俺も嬉しいし……」

照れたようにはにかみながら縁下くんは言った。え、あの私の聞き間違えでなければ良いのだけど小声で「俺も嬉しい」って言ってなかった?言ってたよね、絶対。

「いや、その……浅海さんが迷惑でなければ、俺としては応援があると頑張れるし、嬉しいなって思ったんだけど……あ、無理なら良いんだ。強制させる訳にはいかないしさ」

知らず知らずの内に声に出ていたようで縁下くんは慌てるように早口で言った。

「迷惑なんてとんでもない!縁下くんが良いなら私見学したい。もっと近くで見てみたい」
「うん。俺たちはいつでも歓迎するよ。」
「じゃあ、今日行ってもいい?」
「もちろん」
「ふふ、放課後が楽しみになって来ちゃった。早く学校終わらないかなー」

縁下くんからの突然のお誘いに飛び上がる程わくわくした。

「あともう少しの我慢だよ。お互い頑張ろう?」

にこりと笑って「それじゃあ授業も始まるし……この話の続きはまた後でね」と言った。

「うん」


放課後の約束を取り付けて私たちはそれぞれの席に着いた。

体育館に早く行っても準備とか色々あるだろうし、その間に私は走って坂ノ下商店で部員の皆が喜ぶようなもの買って差し入れしてみようかな。そんなことを頭の中でずっと考えていた。早く学校、終わらないかな!




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