友達になりましょう

真っ白な病室に真っ白な制服を着た看護婦さんがカーテンを開けた。太陽の光が眩しいくて目を細める。きっと部屋全部が白いから余計に眩しいとそう思ったのかもしれない。
 
「おはよう楓ちゃん今日はいい天気ね」
「うん……」
 
ニコニコと明るい声で挨拶をする看護婦さんに窓を見ながら曖昧に返事をする。お外では私と同じ年くらいの子たちが楽しそうに遊んでいるのが見えた。羨ましいなあ。私もあの子たちみたいに走り回りたい。
 
 
「…あっ、そう言えば楓ちゃん。お隣の病室に新しい子が来たんだけど、知ってる?」
「ううん、知らない」
「そっか、あのね楓ちゃん、良かったらその子の話相手になってくれないかな。ちょうど楓ちゃんと同じ年だから仲良くなれると思うんだけど……」
 
お願い出来ないかな?両手を合わせて言われれば断れなくなって「わかった」と返事をした。看護婦さんは「助かるわ」なんて笑っていたけど私に出来るかな。そんな不安が胸をよぎって布団をギュッと掴んだ。
 
看護婦さんの話によると、なんと男の子で名前は真波山岳くんというらしい。大変困ったことになった。
 
だって病室にお見舞いに来るのは決まってお父さんお母さんで病気ばかりしていた私には友達と呼べる人が一人もいなくて、どう仲良くなるのか分からない。それも男の子だ。ますます分からなくなる。
 
 
(女の子でもあまり話をしたことがないのに男の子だなんて…どどどどうしよう)
 
 
けれど彼の詳しい話を聞いてみるとなんと彼も入退院の繰り返しで友達があまりいないことが分かった。悪いことだと思ったけど私は同じ境遇の人がいて嬉しくなった。
 
 
「そんな心配そうな顔しないで大丈夫よ楓ちゃん。私も一緒に行くから」
 
恥ずかしくて上手く話せない私の性格を知っている看護婦さんに連れられて病室に行くことになった。
 
看護婦さんは先に病室に入るなり真波くんに挨拶をする。
 
「真波くんこんにちは。今日はあなたに挨拶したいって子を連れてきましたよ」
「……誰?」
 
病室からは思っていたよりも高い声が響いた。
 
(私のことだ。)
 
そう思うと胸がドキドキとしてきた。緊張して身体が思うように上手く動かない。手が震える。
 
「楓ちゃん。こっちにおいで」
 
私の方を見て手招きしている。
 
(早く行かなくちゃ。)
 
前にお母さんに教えてもらった手のひらに"人"という字を書いてごくりと飲み込む。少しだけ緊張が和らいだ気がした。
 
「は、はじめまして、浅海楓です」
「ほらほら真波くんも自己紹介しなきゃ」
「…僕は真波山岳、よろしくね楓ちゃん」
 
震える声で自己紹介すると
看護婦さんに促されて真波くんも名前を言った。
 
思っていたよりも声が少し高く、看護婦さんに男の子だと聞かされていなかったら女の子だと勘違いしそうだった。
 
「あっ、いけない。もうこんな時間……それじゃあ、後は若いお二人さんで仲良くやってね」
「え、あっ……ちょっと待って」
腕時計を見て途端に慌てて病室を飛び出して行った。
 
 
「………………」
 
二人とも無言になってしまった。当たり前だ。私たちは今日初めて会ったのだから。
 
 
「………………」
「……あの、えと……あ、山岳くんて名前カッコいいね」
 
二人の共通の話題が分からないから単純に名前のことについて話してみた。
 
「……カッコいい?」
「うん。私ずっと入院してて、色々な人の名前聞いたことあるけど山岳くんって名前が一番カッコいいと思ったよ」
「そう、かな……ありがとう。あまりほめられたことないから……照れるね」
 
困ったように笑う。
 
「………………」
「し、喋ることない、ね……」
「そうだね」
 
 
それから暫くの間二人とも喋ることもなかった。当たり前だ。山岳くんはどうか知らないけれど私は初めての友達(と言っていいか分からないけど!)と何を話したら楽しいかが全くと言って良いほど分からない。
 
 
そんな私の胸中を知ってか知らずか眼鏡を掛けたひとりの少女が病室内に入ってきた。
  
「山岳、来たわよ……って、山岳その子誰?」
 
 
まさか彼以外に人がいるなんて思ってもいなかったみたいだった。彼女は驚いた様子で私を見つめていた。そんなにジッと見つめられるとどう反応したら良いか困る。

「あ、委員長。また遊びに来てくれたの?」

委員長と呼ばれた少女の驚いた様子を気にした素振りも見せずにマイペースに病室に訪れた理由を聞き始める。


「そ、んなのお母さんが山岳のお見舞いに行くって言うから……私は仕方なく付いてきただけよ」
「そうなの?てっきり委員長が僕に会いに来てくれたのかと思った」
「ななな何言ってるのよ、バカなんじゃないの。ああもう、そんなことより私の質問に答えなさいよ山岳、この子誰よ」

二人のやり取りをオロオロしながら見ていると委員長と呼ばれていた女の子がこちらに向かって指を差した。彼女の顔が真っ赤だった。

「浅海楓ちゃんだよ、」

私は困ったように笑っていると山岳が代わりに答えてくれた。

「楓です……初めまして」

彼の紹介に続いて挨拶をする。

「楓ちゃんも俺と同じ入院してるんだよ」

アッと思い出したかのように真波くんは補足をつけた。先程までの説明では理解出来なかった様子の委員長さんだったけれど「なるほどね」と小さな声で納得したように頷いた。

「自己紹介がまだだった。私宮原─……」
「僕は委員長って呼んでるからで楓ちゃんも委員長で大丈夫だよ」


何か言いたそうにしている委員長ちゃんを隣に気にした素振りも見せず、にこにこと笑っている山岳くん。
ここは山岳くんにならって私も笑って良いのか分からずにオロオロしてしまう。


「もう良いわよ委員長で。えっと、楓ちゃんよろしく」
「ははははい、よろしくお願いします」
「別にそんなに畏まらないでよ……私たち同い年、よね?」
「は、はい」
「それなら敬語はいらないわね」

緊張して早口で言った私に委員長ちゃんは優しい口調で話し掛けて花が咲いたような顔で笑った。とても良い子で可愛いと思った。

「あ、そうだ。委員長、楓ちゃんと友達になってよ」
「唐突に何よ」
「あのね、楓ちゃん僕と同じで入院生活長くて友達も全然出来ないんだって」
「……そうなの?」

心配そうな顔でこちらを見つめられどう反応したら良いか迷って、でもコクリと縦に頷いた。

「でも私楓ちゃんのこと全然知らないからすぐに友達にはなれない。」
「そ、そう、だよね……」

もしかしたら友達になれるかも、なんて淡い期待を描いていたからショックを受けてしまった。

そうだよ、普通は会ってすぐのそれも見ず知らずの人に「友達になろう」なんて言われれば断るに決まっている。

「あー、楓ちゃん泣いちゃった」

気付かない内に泣いていたようで山岳くんが私を覗き込んでいた。私は慌てて両手で瞼を擦った。

慌てたのは私だけではなく委員長ちゃんも同じだった。

「ち、ちょっと楓ちゃん落ち着いて。私、あなたと友達になるのは嫌な訳じゃなくてこれから色々話をして少しずつ仲良くなりたいって言いたかったの」
「……本当?……」
「委員長は本当に少し言葉が足りないだよね。だから色々誤解を受けるんだよ」
「山岳に言われたくないわよ!」

二人が仲良さそうに言い合いをしているのを見て私もあんな友達が出来るのかと思っていると二人が私を見てニマリと笑った。

「な、なに?……」
「これから仲良くしてね楓ちゃん」
「言っておくけど委員長世話焼きだから少し口うるさいけど根が真面目なだけだからね」
「ちょっと山岳何楓ちゃんに言ってるのよ」
「良いじゃない、本当のことだし」
「山岳!」

もう何度目か分からない言い合いが段々心地良くなってきて私は笑った。

「二人とも、これから仲良くしてね」
「うん、よろしく」
「こちらこそよろしく」

真っ白だと感じていた部屋がこの日を境にお日様のような暖かさを感じるようになって毎日の生活が楽しくなった。

あれから何年も経ち私は以前よりかは身体が丈夫になり楽しい日々を送っていた。退院してからはあの二人には会っていない。多分住んでいる場所が違ったからだろう。

無事高校生になり家から近いという理由で箱根学園に入学し、懐かしの友人との思わぬ再開を果たすのはまた別の話──……



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