一方通行の愛は嫌なの

松野一松は猫が大好きだ。それも腹が立つことに彼女である私よりもだ。仲良く二人で外へ散歩している時も道端に猫がいようものなら何も言わずに私から離れて何処から取り出したのか、謎な猫じゃらしを巧みに使って遊び出す始末だ。


彼は本当に私のことが好きなのだろうか。というか私たちって付き合っているの?最近はそんなことばかりを考えている。


今日も今日とて松野家の部屋に猫を連れ込んで仲良く遊んでいる一松くんに声を掛ける。


「一松くん好き好き大好き」
「あーはいはい。こんなゴミに言っても何も出ないから」


彼(正確には彼とその兄弟)の部屋で私に背中を向け猫の雑誌を読んでいる一松くんに愛の告白をする。返事はとても素っ気ないものだった。構ってもらえないと知った私は今までの記憶を辿ってみることにした。


「一松くん今日もかっこいい好き!」
「オレのことそんなこと言う変わった奴楓だよ。頭大丈夫?」
「私の頭は今日も大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。だいすき」
「あぁうん。そうだった、楓がおかしいなんて今に始まったことじゃなかった」


私の方から何度も一方的に好きと言っているだけで一松くんは何でもないことのようにスルー……ってあれ、もしかしなくても私たちって付き合ってない……?私が一方的に付き合ってると思い込んただけ?


今の今まで気付かなかった。よく一松くんにも馬鹿だ馬鹿だと罵られていたがここでようやく気付くことになるとは。ということはだ、私たちは付き合ってなどいないのだから腹を立てるのはおかしい。だって恋人同士じゃないんだから。勝手に嫉妬して怒って、迷惑以外の何物でもないじゃないか。


「大変だ、私、凄く迷惑な行為をしてる」


改めて口に出してみてやっと理解出来た気がした。やっぱり私って馬鹿なんだなあ、もっと賢くならなくちゃ。


「そんないきなり大声出さないでくれる、猫がビビって逃げるだろ……って何泣いてんのお前」
「へっ?誰が泣いてるの」
「誰ってお前以外に誰がいるんだ」


いつも眠そうな目をしている一松くんが目を見開いて驚いている。なんの事だと思い頬を触ってみると少しばかり濡れている。


「ほんとだ」


全然気が付かなかった。私何で泣いてるんだろう。独り言のように呟いてみれば猫を撫でながら俺が知る訳ないだろと返された。いつも暖かく感じていた彼の声が少し冷たく聞こえた。


「……私もう家に帰る」
「あ、そう」


立ち上がって帰る支度をする。そんなに荷物を持ってきている訳ではないのであまり時間は掛からなかった。


「じゃあ」


……多分もうこの家に来ることはないけど。口に出さずに思った。よく考えたら私が一方的に好きになって一松くん家に上がり込んで彼の隣をちょろちょろくっついていただけだ。迷惑でない筈がない。もっと早く気づけばよかった。


「あれもう帰んの?」


襖を開けるとおそ松くんと鉢合わせした。パチンコで勝ったのか袋いっぱいに景品が入っていた。声も弾んでいて機嫌が良いようだ。


「うん、もう帰るの」
「 そっか、ていうかお前たち喧嘩でもしたのか?一松なんか顔が怖いぞー……もしアレだったら俺と付き合う?大丈夫、大丈夫ほら俺、コイツと違って優しいしいっぱい構ってやれるよ。ね、そうしよう」
「え、何言って──っ」


おそ松くんの持っていた袋が床に落ち、私の手首を掴む。痛い。そういえば前におそ松兄さんには気をつけろと警告されていた気がする。一松くんの心配の言葉に浮かれていて忘れていた。今になってその言葉の意味をこの場で知ることになるとは思ってもみなかった。


「おそ松兄さん、楓離せ。痛がってる」
「一応ち手加減してるし大丈夫大丈夫」

ギリギリと手首に掛かる強さが増してくる。

「い、痛い……お願い、離して……」
「痛いって言ってる、おそ松兄さん。手離せよ」

私はたまらず離して欲しいと懇願するが聞く耳を持ってくれない。一松くんも頼んで駄目だった。

「お前たち別れたんだろ?なら一松には関係ないじゃん」
「私たち付き合ってすらいな──」
「無関係じゃない、俺たち別れてないから」

なんてことないように言うおそ松くんに訂正しようと声を出すと一松くんの言葉で遮られた。

「一松、お前はそう言ってるけど彼女は違うようだぞ?」
「はああああ!?」


にやりと悪い顔をして笑うおそ松くんに多分一生の内で二度と聞かないであろう大声に身体を震わせた。


「お前なに付き合ってないとか……じゃあ何でいつも俺に好きだって言ったんだよ!あれは嘘だったのか。ええ、ええ俺はゴミだから!お前の好きだって言葉で一喜一憂して馬鹿みたいじゃん。なんなの本当、死ぬの?」
「え、は……え?」


一松くんは立ち上がって私たちの元へズンズン近付いて来る。待って私全然思考が追い付いてこないんだけど。対するおそ松くんは「じゃ、兄ちゃん今川焼き買ってくるから。話早く終わらせておいてなー」と手を離して呑気に退場して行った。呆気ない終わりだった。


「……おい」
「ななななんですか!?」


出来ることならまだ出て行って欲しくなかった。一松くんと目を合わせるのは嬉しいのに今はとても怖い。


「なんで……なんで付き合ってないとか言うの」
「……私と一緒にいても楽しくないでしょ。一方的に話し掛けて一松くんが適当な返事をするじゃない、私といるよりも猫といる方が良いでしょ」


もうこの際だからと思っていたことを口に出した。今まで頭の中で考えていたかのようにするすると言葉になって出てきた。


「それは、いつもお前が側にいるから、チッ……安心してたんだよ。どんな事があっても俺みたいなゴミを好きでいてくれる。他のヤツによそ見しないで俺だけを見てくれるって心の何処かで思ってたんだ」
「…………」
「だから、その、こんな出来損ないでゴミなクズニートでも良かったらあ、う……楓好き、だ付き合ってくれ」


顔を真っ赤にして頭を下げ私に向かって震える手を差し出した。


「……やっぱりもう駄目か、フヒッ。わかってた、わかってた。俺だったらこんなの即お断りだし、ゴミクズの分際で引き止めて悪かった」
「そんな悲しいこと言わないでよ、馬鹿!私だって本当は一松くんのこと好きだし別れたくない」
「って、ちょっと待っ……があああ」


みっともなく泣きながら一松くんに待てと止められる前に勢いよく抱き付いた。


「急に抱きつくなよ、ビックリするだろ」
「えへへー!今日だけ今日だけ……ってあれ、事前に申告したら抱きつきOK?」
「……まあ、良いって言った時だけなら─」
「やったーー!!」
「おいちょっと待て、今俺は良いなんて言ってな─」


今まで溜めに溜めてた彼への愛情が爆発した。駄目と言われて待つ私じゃない。今を逃したら暫くは絶対にお預けだ、今の内にいっぱい抱きついておこう。


「優しい優しい兄ちゃんが今川焼き買って戻ってきたぞー……って、あ。一松、シコ松中の出しとくか?それか俺も混ざって三人仲良くする?」
「テメッ何勘違いしてんだよ!早くコイツ離してくれ!」
「えー、兄ちゃん彼女のおっぱい触っちゃうぞ?いいの」
「ダメに決まってんだろクソが!コイツは俺んだ」
「「……フ、フウーーーッ!」」


暫く一松くんの言葉を噛み締め、おそ松くんに習って彼を囃し立ててみる。すると顔を赤くしてブルブルと身体が震え始めた。嫌な予感しかしない。おそ松くんも同じように感じたようで小さな声でヤベッと聞こえた。


「お、お前ら……っ!人をバカにすんのも大概にしろやあああ!」
「「ぎゃあああああ!」」


二人とも逃げる前に捕まってしまって大変な目になった。彼はタコ殴り、私は何故か一松くんに抱え込まれる形で座り、おそ松くんに悪いなあと思いながら二人仲良く美味しく今川焼きを食した。



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