「これはバスミルク。お風呂にちょっと垂らして溶かすと、潤いのあるお湯に大変身。浸かるだけでもちもちぷるぷるのお肌に!」

ありふれた通販番組でも眺めるような疑わしい視線が寄越される。湊の瞳が不意に輝いた。

「そうだ、さっそく使ってみよっか」

「今日からか」

「もちろん。俺も使い心地は気になるし」

この手の商品はあらゆるアレルギーテストをクリアしているはずだが、万が一にも恋人の柔肌に合わないと困る。さらに香りの好みも人それぞれとくれば、彼のリラックスタイムを演出するにあたり、まずは試験運用しなければなるまい。
バスタブには既に湯を張ってある。石鹸と入浴剤の包装を協力して剥がしながら、湊はにんまりと微笑んだ。

(今年は喧嘩しまくった代わりにえっちも多かったから、マンネリしないためにもこういう工夫は必要だよな)

ーーー

「相変わらず恥ずかしがり屋さんなんだから」

トップスの裾を掴んだ手が即座に振り払われ、湊はしぶしぶ己の衣服を脱ぎ落とす。一部の隙も見せぬとばかりに洗面所の隅へ背中を預け、遥もにじにじとトップスを頭から抜いた。インナーの薄いヒートテックもランドリーバスケットに放られ、さてボトムを、とベルトを緩めつつ湊を睨んでくる。

「見るな」

「今更だってば。この頃一緒に入ってないし、たまにはいいだろ?」

遥の入浴中を見計らって突入することはままあるが、近頃は敢えて自重していた。ネットの記事で『入浴を共にし過ぎると裸に欲情しなくなる』という恐ろしい一文を発見したのだ。
そんなことはないと湊自身思うが、見慣れてしまうとありがたみが薄れる感覚はわからなくもない。在宅時間に恵まれた影響で体を重ねる回数が普段より増していたこともあり、湊はともかく遥側にそう思わせてはいけないと、できるだけ風呂は別々に済ませていた。その辺りの意図を考えれば、遥の警戒は上々の反応と言ってもいい。スキンシップは恥じらいあってこそだ。
先に全てを取り払った湊が浴室への扉を開ける。風呂のフタを壁に立て掛ければもうもうと湯気が立ち込め、ひやりとした空気が少しずつ緩和していく。遅れて遥が扉の隙間から室内に身を滑らせると、厚手のマットに二人でしゃがみこんだ。湊はあまり気にならないが、賃貸の浴室の床は冷えやすいので、冬はポリエチレン製のクッションマットを敷いている。

「バスミルクはこれくらいかな」

中身が均一になるよう容器を軽く振り、外したキャップに少量を取り分ける。洗面器ですくったお湯にゆっくりと溶かしてから、浴槽全体に加えて掻き混ぜながらなじませた。乳白色の湯から立ち上る、柔らかいハーブの香り。すんと鼻をひくつかせた遥が小さく頷く。悪くない印象らしい。

「おっけー? じゃあこれも使ってみよっか」

見た目は通常の石鹸と変わらない。楕円形の塊をスポンジで擦り立てれば、次第にモコモコと空気を含む泡が膨らんでいく。遥の肌を掛け湯で濡らし、スポンジいっぱいの泡を両手に移して背中を撫でる。

「ピリピリしたりしない?」

「し、ない……うっ」

勉強でぱきぱきの肩甲骨を揉みほぐすように、時折ツボを押しながらきめ細やかな泡を転がす。皮膚の薄い首周りも優しく洗うが、肌に染みることはなさそうだ。
バスミルクがアロマハーブなので、石鹸の方はあまり主張しない香りを選んだ。控えめで、清潔感のある甘い匂い。風呂上がりの恋人からこの香りが漂うのかと思うと、湊もつい頬が緩んでしまう。

「! じ、自分で洗う…」

流れに身を任せていた遥がはっと我に返り、湊の手からスポンジを奪おうとする。いーの、とさらに泡立てて湊は首を振った。

「遥に任せるとすぐがしがしやっちゃうからダメ。効果あるかわかんなくなる」

「そこまで雑じゃない」

「雑だから毎年かゆいかゆいって言うんだろ。クリームもちゃんと塗らないし」

眼鏡レスのむくれた表情はいつもよりあどけなくて、早くも欲が兆してしまいそうになる。ふわふわの泡でわき腹を擦ればわかりやすく両肩が跳ねた。

「やめろ」

「やめない。優しく洗ってあげるから」

「んっ」

わき腹から腹周りに両手を進め、ご馳走を詰め込んでちょっぴり膨らんだ腹を撫でる。手首を掴む力は思いのほか強かった。

「さ、わるなっ」

「餅食べてないからまだまだ大丈夫じゃん。俺のが太ってるよ」

「んっ、ん……」

腹筋、鳩尾をぬるりと滑り、後ろから抱きつくような姿勢で平らな胸に手のひらを這わせる。髪の間から覗く耳は真っ赤だ。
触れられるのが嫌ならまず入浴自体を拒むだろう。遠回しな許可を得たところで、柔らかい耳朶を甘噛みすれば詰まった声が漏れた。

「こっち向いて」

「っ………」

泡の滑るままに触れながら、ぴたりと遥の背に密着する。湊の囁きに、浴槽の縁をきつく掴んだ遥がかぶりを振った。意固地な恋人に体温を移すように抱き締め、湊は苦笑する。

「じゃあ遥が素直になるまであわあわにしよっと」

「ん、あ……っ」

「ここ、そんなに気になる?」

度重なる摩擦でぷくりと芯を持った胸の尖りを撫で上げる。摘まもうとした指の間から滑っては逃げるその刺激に、華奢な肩が幾度も揺れた。ぬるぬると滑る感触がたまらないのか、過敏な肌が呼応するように震える。

「あ、ぁっ、やめ……あっ」

内腿を焦れったく撫でる手つき。ゆらりと揺らぐ腰を反射的に掴み、こちらへ突き出す姿勢を取らせる。はぁ、と湯気よりも熱のこもった吐息が無意識にこぼれた。

「――こんなの見て欲情しなくなるとか、そんなわけあるかよ」

「な、に言っ……、や……っ」

扇情的なカーブを描く腰を撫で下ろし、太腿の裏側や滑らかな尻をふにふにと優しく揉む。くすぐったさに身動ぐ体は湯気の中で誘うように踊り、湊の欲をいっそう煽り立てる。下腹部から滑らせた手でやんわりと中心をまさぐれば、遥は首筋まで紅潮させてかぶりを振った。

「ここも洗ってあげる」

「い、らなっ……、ぅ、あ…っ」

芯を持ち始めたものをゆるゆると上下に扱く。言葉とは裏腹にその体は昂る一方で、湊もついつい頬が緩む。

(よかった。気持ち良さそう)

いつだったか、あまりにも余裕がなくて前戯もそこそこに挿入に至ったことがあった。行為自体は合意の上で、決して乱暴に事を進めたつもりはなかったのだが、その後の遥の機嫌はひどい有様だった。
以来、湊は学習した。身も心も愛されることに慣れきった恋人がセックスに望んでいるのは、理性を溶かすほど濃厚な愛撫なのだと。男の性欲をろくに知らぬまま、湊が与えるものだけを頼りに成長した証でもある。
彼にとってのセックスとは即ち、愛されること。愛されることは、心地いいこと。心地いいことは、全て享受するもの。湊の欲を受け入れる代わりに自分は愛されたいだけ愛されるのが当然であり、彼を愛したいだけ愛すのが湊の義務なのだ。


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