ここ数日で、かなり敏感な体に仕上がっているような気がする。獣ならとっくにぐるると喉を鳴らすだろうが、湊は人間である。大切に育ててきた楽しみをあっさり奪うような真似はしない。 (そんなのもったいないし) 全ての試験が終わった夜。きっと遥は触れるのを渋々ながらも許してくれる。こちらが脱がせている間もつまんなさそうな顔をしながら耳を赤くして、寒いと文句を垂れるだろう。しかし、触れられて初めて気づくのだ。己がいかに快楽を求めていたのかを。 なんで、こんなんじゃない、おかしい、と戸惑う表情が見たい。困惑しつつも快感を欲して溺れる姿が見たい。強引に揺さぶられてもなお、絡み付こうとする華奢な四肢が見たい。 そのための布石を今、湊はゆっくりと打ち続けている。 「っ……ふ…ぅ」 ぴくん、とズボンの中心に置いた手が僅かな反応を捉える。漏れ聞こえる甘ったるい吐息に、それごと塞ぐように唇を押し付けたくなるのを堪えた。 「かーわい…」 下肢に触れた手は動かさない。あくまで興奮の度合いを計るだけで、胸への刺激のみを加減していく。 (でも、ちょっとくらいはいいかな…) とは言え、直接性感帯に触れたのでは目を覚ましかねない。今だって、いつ起きても不思議でないくらいだ。湊なら衣類をまさぐられた時点で絶対に起きる自信がある。 外側から優しく触れられるところ、なら。胸を弄っていた手を引き抜き、開かせた脚の間にそっと落とす。先程まで小刻みに揺れていた中心を通り過ぎ、奥まった場所を指先で押し込めた。 「っ、……う…」 これまで幾度も探ってきた場所のひとつだ。衣服に覆われていても、おおよその見当はつけられる。 いつも湊を受け入れている小さな入口を、指先でなぞるように触れながら。余った指で、その少し上の皮膚をくっくっと軽く押してやる。表面からは何も見えないが、弱点とも言える凝りが体内にきちんと存在していることは同様に知っている。 (明日は、もう少しここもかわいがってあげるね) は、とすっかり口呼吸に切り替わってしまった恋人の身支度を直してやり、お詫びにと頬に唇を寄せる。息が整うまで、あやすように髪を撫でて。部屋に入った時と同じ、穏やかな寝顔を確認して毛布を出る。丑三つ時、遥にとっては不吉極まりない恋人の影が布団に落ちた。 ◇◇◇ [5日目] 「はぁ……」 中教室を出てすぐに、遥は床へ盛大にため息を落とした。今の今まで挑んでいた試験の出来はまずまずだったものの、体の不快感は昨日から一向に良くならない。試験の解答用紙が配られた瞬間から緊張で欲が吹っ飛んでくれるのはありがたいが、それもいつまで集中が続くかわからない。まだ折り返し地点に至ったばかりだ。余計なことは考えたくない。 (飯……) 腹が減っていたこともあり、チャイムが鳴っていないのを幸いに、空いている食堂で早めの昼食をとった。鯖の味噌煮をほぐして口に運びつつ、先程の解答を思い出して出来を予測する。自己採点なら八割は間違いなく獲得しているだろうが、配点如何では何とも言えない。 そうこうしているうちに昼休み開始の鐘が鳴る。試験でやつれた学生の群れが押し寄せてくる前に、トレーを手早く返却口に突っ込んだ。 (もう帰ってるのか…) 玄関をくぐってすぐ、湊のスニーカーが乱雑に脱ぎ捨ててあるのを発見した。試験期間とあってバイトは入れていないらしく、食材などの買い物以外はたいてい家にいるのでちょっと珍しい。二組の靴をきちんと直して、遥はリビングへ向かう。 (!) こたつに腰から下をとっぷりと浸からせたまま、湊はラグで寝転んでいた。テーブルには付箋を覗かせた参考書が何冊か乗っている。分厚い本を枕に、すうすうと眠る恋人。昼寝とはこれまた珍しい。もともと睡眠に頓着のない彼は普段こそよく動く割に眠らないが、さすがに試験を控えていては夜も勉強せざるを得ないのだろう。 (寝てる……) おそるおそる近づくと、膝の辺りがソファに軽く当たった。その僅かな音に、ん、と恋人は覚醒する。遥は思わず後ずさった。目元を擦りつつ、緩慢に起き上がる湊。 「ん……あれ、寝ちゃってたか。お帰り」 「………」 「?……あ。はは、そりゃ俺だって昼寝くらいするよ、ちょっとだけど」 びっくりした?と笑いかけられ、遥はわざとらしくため息をついた。顔を見られまいと、コートを着込んだ背を向ける。 「遥?」 「自分の部屋で…勉強する」 「えっ。寒いじゃん、ここの方があったかいよ」 ほら、と天板の向かい側を軽く叩いて促す恋人をよそに、遥はどうでもいい理由を並べて誘いを固辞し、うやむやにしながらリビングを後にする。足早に自室へ入ると、ドアをきつく閉めてずるずると内側にもたれた。ひやりとした空気が仄かに赤らんだ頬を撫でるも、熱はこびりついたまま。 (変だ……) どっどっと畳み掛けるような鼓動に急かされ恋人を振り切ったはいいものの、芽生えた欲は体を蝕んでいく。 ――触れたい、なんて。思いもしなかった。 起きていてもそれなりに良い、異性はもちろん同性から見ても羨ましい造形なのだ。喧しい口を黙らせ、鬱陶しい目線を隠し、落ち着きを持たせれば格好もつく。寝姿などまさにそうではないか。 だから、と単純に割り切れるものではないが。遥は恋人の寝顔がそんなに嫌いじゃない。無防備で、静かで、素直で。声や言葉、視線という向こう側からの余計な情報がない分、等身大を見つめられる気がする。普段はこちらが何か動く前にあちらが仕掛けてしまうので、そういう時間的な余裕もある。いろいろと考えられる。すると、じゃあ触れてみようか、と桃色の好奇心も生まれたりする。 なのに、今回は違った。この世の悪などひとつも知らないような、呑気な表情を一瞥してすぐに思った。触れてみたい。起きるかもしれないけれど、指を伸ばして、頬をつついて、唇をなぞって――そして。ごきゅ、と細い喉が鳴る。 「っ、は……」 高鳴る胸をぎゅっと押さえ、呼吸を整えるべく部屋の冷気をゆっくり吸い込む。瞼の裏に焼き付いた寝顔はまだ消えない。 知っている。触れたいという好奇心の先にあるのは、触れられたいという明確な欲であることを。体を蝕むこの熱を、執拗に、強引に、奥底から抉り出してほしい。 (……勉強、しないと) こんな訳のわからない情動に悩んでいる時間も本当は惜しい。どうせ湊はあと一刻もしないうちに午後の試験へ向かうのだ。ここで情欲の意味をうだうだ考えたところで、結局発散するのは自分しかいない。 一番の難関である幾何学の試験はもう明日に迫っている。今日のうちに疑問点を叩き潰しておかなければ勝機はないと見ていい。 ずるずると重い体を引きずって、教材を並べた学習机に向き直る。室内とはいえ寒々しいが、しばらく頭を冷やすためにもファンヒーターは付けないでおく。ぱん、と気合いを入れるように両頬を平手で叩き、遥はペンを握った。 ↑main ×
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