「ふむ」

湊は考える。考えろ、考えるんだ。これからの試験期間において、互いに健全で勉強に励み、しかし期待たっぷりの毎日を過ごすためには。試験後の甘い甘い蜜を味わうためには。

「あっ」

ぱっと開眼するなり、湊は体を起こす。
時計を見る。とうに日付は越えていた。遥はとっくに夢の中だろう。そうっと両足をラグに置いて、立ち上がる。
バレたら確実に怒られるだろう。下手をするとお預け期間が最長になる可能性もある。けれど、実践する価値は大いにあるとみていい。どんなに真面目でストイックだろうと、寝ている時はみな無防備なものだ。
生唾を呑み込んで、湊は物音を立てぬよう、そっと恋人の部屋へ向かった。

布団をとっぷりと頬まで被って、恋人はすやすやと穏やかな寝息を立てている。控えめに言ってめちゃくちゃかわいい。控えめに言わないと引かれてしまうからそうしておく。
枕のカバーをきゅっと握ったまま、遥は壁と相対するように横向きに眠っている。普段通りの体勢だ。背後から恐る恐る近づき、湊は布団の端っこを持ち上げた。眠りの深い遥は、毛布がもぞもぞしたくらいではまず起きない。今日は特に眠かったようなので絶対とも言い切れる。足元近くまで縦に三分の一ほどをめくり、素早く体を滑り込ませた。ふわりと恋人の香りに包まれ、正直な体が早くも漲ってしまいそうになる。

(あぁ……幸せ)

ぴたりと体を添わせると、髪の甘い匂いと相まって、どうにもたまらなくなった。やはり体は素直である。
昂ったまま、すん、とうなじに鼻先を寄せる。漏れ聞こえる呼吸は整っており、起きる気配は微塵もない。腕を伸ばしてウエストを抱くようにすれば、興奮する体をよそに、心はどんどん満たされていく。やっぱり愛しているんだなぁと、夜這いしながら実感してしまった。

(だからちょっとくらい、受け入れてくれてもいいのになぁ…)

しばらくそうしていたものの、どうあがいても吐息の荒さが収まらないので、後ろ髪を引かれる思いで布団を抜け出した。最後に髪を優しく撫でてから、ちょっと邪悪な微笑みを浮かべて部屋を出ていく。

とりあえず、今夜はこんなところで十分だろう。

◆◆◆
[2日目]

翌日の、夜。
半開きの唇を、ゆっくりと指先でなぞる。ふに、と押してみて、そこに自分の唇を押し付けたくなるのを抑え、湊は柔らかな毛布に侵入した。
本日も甘い夜にありつけなかった湊は、例のごとく恋人の部屋に潜り込んでいた。罪悪感はあれど、起きている状態では勉強優先でスキンシップもままならないので仕方ない。むしろ、遥だって昼間の勉強時間を減らされるよりいいではないか。正当性をいくらか裏付けて、そっと背中に貼り付く。体温を生で感じられないのは残念だが、手触りのいい寝間着越しの温もりも悪くない。湊は深く息を吸い込む。

(なんでこんないい匂いなんだろ…)

匂いと相性の関係は科学的に証明されているらしいが、あくまで男女の場合である。しかし現に遥は女ではないし、湊もまた同様。それでも耳や首の辺りから香るものは湊を何年も魅了してやまない。おそらくはフェロモン。遥はてんで無自覚のようで、くんくんと鼻先を突っ込む恋人をいつも冷めた目で見下ろしていた。
小鍋で温めた甘いミルクのような匂い。耳の裏に、ちゅ、と一瞬だけ唇が触れる。慌てて顔を離したものの、遥の呼吸は変わらず穏やかだ。

(もっと触りたい…)

ウエストに腕を回して軽く固定し、唇で耳の柔らかいところを食む。ちょっと乾燥した頬にもキスを落とす。恋人はまだ夢の中を揺蕩っていた。ごくり、と人知れず湊の喉が鳴る。

(これ……寝てる間に俺がちょいちょい触ってたら、遥だって無意識にえっちしたくなるんじゃ…?)

触れられたことを本人が感知していなくとも、その痕跡が体から消えるとは考えにくい。軽く、しかし執拗に触れ続けていれば、何らかの変化は望めそうである。要するに、催眠ついでに体が敏感になるよう開発してしまえば、ストイックな恋人も知らず知らずのうちに欲情してくれるだろう、ということだ。だいぶ都合のいい妄想ではある。
が。たとえパートナーであっても、同意のない性交は強姦に違いない。湊もそれは重々に承知している。どれだけ腹が立とうが嫉妬に狂おうが、遥を怖がらせることだけは絶対にしないと決めていた。でも。

(ちょこっと触るだけだし…)

セックスさえしなければいい、とまでは思わないが、レスとマンネリ化を防止するためのスパイス――謂わばプレイの一環である。今まで行ったありとあらゆるプレイの中で、遥がどうしても嫌だと湊の提案を突っぱねたものはたぶん無かった――ような気がする。ひとつくらいはあったかもしれない。痴漢とか、周りに気づかれるとのっぴきならない系で。

(でもまぁ、俺はそれで勉強に集中できるし、試験後の期待も増えるし…)

ちょっと考えたくらいならメリットの方が断然多い。我慢するべきは『少し触るだけ』のルールを守るために鋼の理性を用意することだが、後のお楽しみを思えば頑張れなくもない。遥側はメリットもなければデメリットもないはず。効果がなければそれで構わないし、効きすぎるが故にムラムラして勉強どころじゃない姿を拝めるならそれもいい。ふふ、と人としてダメな笑みが浮かぶ。

そうと決まれば善(?)は急げだ。
すう、と繰り返される深い寝息を聞きながら、腹に置いていた手を寝間着の中へ差し入れる。だるだるのインナーを着ているので、その上から薄い腹回りを撫でた。用心して、くすぐったがるわき腹には触れないでおく。
よしよしと撫で回して、いったん手を抜いた。思ったより動かしにくかったのだ。そこで、パジャマのボタンを上から二つだけ外してみる。開いた部分から、もう一度手を滑らせて。

(最初はやっぱり、ここだよね)

女のように膨らみがあればもっとわかりやすいだろうが、何年も触れていれば自然と場所も頭に入る。
左胸の頂点に相当するところを、指二本でゆっくりと辿った。あくまで優しく、刺激を与えようとはせずに、指の腹で生地の表面を撫でるだけ。春風よりも穏やかな愛撫だ。物足りなさはあるが、これからおいおいやっていくのだから焦る必要はない。
右胸も同様にしたのち、左胸にそっと手のひらを置く。とくん、と響く鼓動はいつも通りだ。安堵した湊は寝間着のボタンを留め直し、布団を乱さぬようベッドを降りる。

「…お休み」

また、明日ね。

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