「どうしても、嫌?」

嫌なことは嫌と切り捨てる遥にも、一応の情はある。今日はたくさん楽しんで、おいしいもの食べて、ゆっくり風呂につかって。そんでもって恋人にこんな提案をされたら、断るつもりでも一蹴はしにくい。自分のためとわかっているから、真っ向から怒るのも気が引ける。心境はそんなところかな?

「……勝手にしろ…」

一分弱の沈黙の末に、きゅうと眉根を寄せて遥が呟く。この期に及んでも『恥ずかしい』とは言えないらしい。いじらしくて俺のほうがどうにかなりそうだ。

「嫌だったら途中でやめるから、無理しないで言ってな。俺もよくわかんないけど」

口には出さなかったけど、なんかこの台詞初夜みたいだな、と笑ってしまう。こくんと頷いた遥のおでこにキスして、寝間着のボタンを上から外していく。ふわふわの素材をするりと肩から滑らせて、腕を抜いて。風呂上がりでほんのりと色づいた肌が露になる。このままぱくりと食べちゃいたいな。奉仕の精神は簡単にぐらつくけど、懸命に抑え込んで下にも指をかける。僅かに浮かせられた腰から、下着ごとズボンを抜き取った。ぎゅっ、と体操座りみたいに膝を抱えてしまった遥の背に、半分に畳んだブランケットを纏わせる。これで少しは落ち着くかな。背中から腰までを覆ったまま、遥はゆっくりとバスタオルへ横たわる。ちらり、と首を捻って俺を確認してくるから、いい子だね、って頭を撫でながら褒めてあげると、安心したように腕を枕にしていた。

「末端からやるといいみたいだから、爪先からするね」

いきなり触れては驚くだろうと思って、声をかけてから片足をそっと持ち上げる。足指のつけ根と腹をふにふにと揉むと、くたりと足先から力が抜けた。足裏はいろんなところに効くツボが多いらしいし、指先よりはやや強めに指圧する。これでいいのかな。土踏まずの辺りを揉みつつ遥へ尋ねてみる。

「どう…?痛かったりする?」

「……べつ、に」

眠たい時みたいに、声がふにゃふにゃしてる。ちょっと前にも足の裏を踏むだけのマッサージをしたけど、俺がやめようとすると『もっとやれ』とか『さっさとやれ』とかせっついてきたから、これも気持ちいいのかも。ん、と遥のぼやけた声がして、目線を頭のほうへやる。

「使わないのか…それ」

傍らにある緑の瓶を指差して遥は尋ねてきた。

「え、あぁ。足先はいいかなって。…ちょっとだけ塗ってみる?」

踵もひび割れてないし、ここはいいかなと思ったんだけど。本格的に塗る前に、狭い面積で少し試してみるか。
フタを開けて、瓶をそっと傾ける。とぷりと手のひらに少量を溜めて温め、両手に伸ばしてから足を包み込んだ。ただの水よりは粘度が高いけど、ローションと違ってぬるぬるする感じはない。よく馴染むし、肌にも浸透しやすいみたいだ。

「冷たいとか、ベタつく感じしない?」

「ん」

遥はリップクリームもハンドクリームも嫌がるから、こういうの塗るのもちょっと心配だったんだけど。反応を見る限りは大丈夫そうだ。ほっとしつつ、両手で足首を揉み解していく。ほっそいなぁ、と今更な感想を抱いて、ふくらはぎにもオイルを伸ばす。ふくらはぎなんて名前からして太そうなのに、足首とそうそう変わらない――は言い過ぎだけど、やっぱり細い。怒られるから言わないけど。
かさつきやすい膝小僧と、裏側にもオイルを染み込ませる。その上の太腿をむにむにと揉んでたら、振り上げた踵でいきなり蹴られた。

「ちょっ、痛い!」

「っ……」

「あ、もしかしてくすぐったい?むしろソフトタッチじゃないほうがいいか…?」

痛くならないように、って優しく触ると逆にくすぐったいらしい。しっかりと肉を掴むようにして、あまり力は入れずにぐいぐいと揉んでみる。オイルの滑りも借りてゆっくりと解す。遥はふぅと息を吐いて、ぽてっと腕枕に頭を落とした。一応リラックスはしてくれてるんだな。
さてさて。下心と闘う瞬間が来た。このブランケットを捲れば、遥のかわいいお尻が露に。――だめだ、別の意味で気持ちよくしたくなってきた。これは俺の信用問題がかかってるんだから、どこぞのAVみたいなことはしないぞ、絶対。

「ひゃ…っ」

ちょ、やめてやめてそんな声出すんじゃないばかぁ!

「ご、ごめん…。でもほら、マッサージだし…変なことはしないから」

ぱっと手で口を覆った遥に言い聞かせて、ブランケットの中へ両手を侵入させる。嫌なんて思わないけど、嫌と言うほど知ってる柔らかな感触。ね、俺も我慢してるんだよ。だからもう少しだけ、お互いいい子になろう?

「っ……やだ」

思いのほか早く、遥が音を上げた。ふるふると揺する髪の間から覗いた耳は真っ赤だ。

「やだ?」

「それ……は、ぃやだ…」

尋ね返すと、力なくバスタオルを握って初めて拒否を示した。うん、と俺もすんなり両手を引き抜いて頷く。無理強いさせる気はないし、遥が気持ちいいと思わないならする意味もない。

「じゃあ、ここはやめるよ。背中は大丈夫?」

安心させるように、乱れた髪を直しながら問いかける。まだ恥ずかしいのか、ろくに顔を見せないまま遥は首肯してみせた。とぷん、とオイルを手のひらに垂らす。ブランケットは脚のほうへずらしておいた。

「寒くない?」

「ん……」

風呂上がりってのもあるから効果の程はまだわからないけど、触れる体温はいつもより高い。
背骨の綺麗なラインに沿って、温かいオイルを塗り広げる。乾燥肌になるのはここから腰や脇腹にかけてが多い。保湿保湿、と重点的に塗り込む傍ら、肩甲骨の辺りは少し強めに押してマッサージする。

「うわ、かった…。筋肉凝り固まりすぎ」

「うるさい…」

普段はずっと机に向かって勉強。運動もキライだし、肩凝りは昔からひどい。時々肩を回すだけでも違うよって言ってるんだけどな。首のつけ根と、後ろ髪を掻き上げて生え際付近のツボを押すと、んん、とくぐもった声がした。ちょっと痛かったかな。優しく揉んだら、弱い、と文句が飛んできた。あんまり強くするのもな。
余談だけど、遥は誰かに肩をぽんってされるのを凄く嫌がる。まぁ、肩を叩かれること自体がそもそも相手に下に見られてるわけだから、尊敬する人以外にはあまりされたくないだろうけど。遥の場合は、肩が凝り過ぎてるせいで少し叩かれただけでもツボに入って痛いらしい。うーん、俺には縁のない話だ。

「今度一緒にストレッチしようか?」

「ん……誰が、やるか…」

肩の関節から二の腕にかけてをとんとんと軽く叩きながら尋ねたら、ふやけた声の合間で拒まれた。これも昔からだけど、遥は体がそもそも固いんだよな。だからえっちの時も足開かせると痛い痛いって――おい待て。そっち方面に飛びかけた思考をぐいと引き戻す。

↑main
×
- ナノ -