「じゃあ雑貨ならいい?買うかどうかは置いといてさ」

男性お断りのファンシーな感じじゃなくて、もっとさっぱりとした、けれど品の良いショップを見つけた。店内もゆったりとした面積で、客も気軽に手に取っては感想を言い合っている。遥もひとつ息をついて、俺の後をついてきてくれた。

「あ、見てこれ。家にくる猫に似てない?ふてぶてしい感じが特に」

口の広いマグカップに描かれたイラストを指差して言うと、遥は目を軽く見開いてから俺に背を向けた。肩が微妙に震えてるから、珍しくツボに入ったのか。
食器を見るのは好きだった。レストランでも時々バイトしてるから、どういう料理をどう盛り付けたら映えるかな、と考えるのが楽しい。最近は料理の写真を撮っていく人も多いし、やっぱり見た目には拘りたい。いや、集客のためなら一番に拘るのはまず味だけど。
遥は何を見てるのかと思ったら、まさかの夫婦茶碗だった。俺の視線に気づいたのか、商品と俺の顔を交互に見てから、違う!と慌てて弁明を始めた。欲しいなら買ってあげるよ?とからかうと、息巻いて他のコーナーへ闊歩していった。そんなに深い意味はないだろうとわかっていても、ちょっとにやけてしまう。訊けばやはり、綾さんが持っていたものに似ていたから気になっただけらしい。綾さんならきっと、亡くなった旦那さんの分も大切に保管してあるんだろうな。
一通り回ってから、例のマグカップを二つ買って店を出た。もともと二個セットの代物だったし、遥が気に入ってたみたいだったから。帰ったらこれでコーヒー飲もうね、って約束して、俺はショップ袋をいったん遥へ預けた。

「ごめん、ちょっとここで待っててくれるか?買いたかったもの、忘れてた」

不思議そうな顔の遥を店の外に残し、俺は再び雑貨屋へ戻る。そう、わざわざ雑貨を見に来たのには理由があった。化粧品類も豊富に並んでたし、たぶんこの辺りにあったと思う。…あ、やっぱりあった。思いのほか種類が多くてちょっと悩んだけど、俺はどうにか会計を済ませた。

「?それ、何だ」

英字新聞みたいな模様の紙袋を提げて戻ってきた俺に、遥は当然問いかけてくる。ふふ、と俺は意味深に笑った。

「内緒。…もー、拗ねないの。遥にプレゼントだよ」

え、と驚いて紙袋を見つめる遥の手を取って。俺は歩き始める。

「でも今は渡さない。帰ってからのお楽しみ。ね?」

「っ!手、離せ…っ」

周りをきょろきょろと窺って、俺の手から自分の手を抜き出そうと躍起になってる。そんな必死だと、逆に浮いちゃうよ?とは言わないでおく。ぱっと離してあげたけど、もう紙袋のことは失念してくれたみたいだった。そうそう、これは出番が来るまでそっとしておいてね。

「次、どこ行こうか。本屋…いや、あれは樹海だからな、やめとくか。ペットショップ行かない?ここ、結構広くて犬猫の他にも爬虫類とか鳥とかいるよ」

遥は動物好きなほうだし、ペットコーナーは見てるだけでも楽しめる。エスカレーターに乗り、建物の端まで歩いていく。入口の隣にはトリミング専用のスペースもあって、小型犬が台の上で大人しくカットされてるのがかわいい。
ショップで狭いガラスケースに押し込まれてる様を見るとかわいそうになるけど、ここのショップはゲージにも結構余裕がある。柵が高い代わりに上は吹き抜けになっていて、割と開放的だ。双子か兄弟か、二匹の子猫がお互い絡まり合うようにしてじゃれついていた。その様子に相好を崩す周りの人間たち。いやぁ、これは頬が緩んじゃうよ。ちなみに以前、遥に嫌いな動物を尋ねたら『人間』というどうしようもない答えが返ってきた。俺はいっそ犬らしくしたほうが好かれるのかもしれない。

「かわいーよな、あのアメショ。なんか遥みたい。こっちじーっと見て警戒してる」

そびえるキャットタワーや散らばるおもちゃには目もくれず、クッションを抱くようにお腹をついたまま、灰色の猫はゲージの奥から目を光らせていた。人間なんか信用できるか、って瞳がまんま似てて笑える。そんなことない、って遥は唇を尖らせたけど、いやいや、そんなことある。

「…お前はあれだろ」

遥が指差した先で、尻尾を振りたくっている大型犬。客が連れてきたペットなのか、横を過ぎる人がいるたびにくんくんと鼻を擦り付けて甘えている。こらこら、と見かねたご主人に叱られると、しゅんと下を向いて切ない声で鳴き始めた。うっそぉ、俺あんな感じなの?

「情けなさすぎない…?」

あんなもんだ、と言わんばかりに遥は頷く。そうか、あんなものなのか。いや、でも俺は誰彼構わず甘えたりしないし、鳴いたり泣いたりしないぞ。鼻先くっつけて抱きつくのはしょっちゅうだけど。
犬猫コーナーを過ぎて、鶏とうさぎの群れを眺めた。遥がすごくうさぎに触りたそうにしてたけど、注意書を見て断念してた。わかるよ、気持ちはわかる。今度ふれあい牧場に連れていくからな。うさぎにさよならして、爬虫類を観察する。二人で目を皿にして探したのに、カメレオンがどこにいるか最後までわからなくて、結局店員さんに訊いてしまった。ついさっき売れたから今は空らしい。どうりで。

「カメ…」

色とりどりの金魚を追いつつ、水生動物のコーナーへ入る。モシャモシャと無心でキャベツを頬張るロシアリクガメを、遥はじっと見つめていた。リクガメだから水生かどうかは微妙だけど、水槽はちゃんとある。他の水生ガメもいるから隣に置かれたのか。クサガメなんかの水生リクガメとかいうどっちつかずの種類もあることだし。五百円玉くらいの甲羅を背負った、赤ちゃんミドリガメも懸命に泳ぎを練習している。こうして見るとよちよちしてて結構かわいい。

「遥。………遥ー、聞いてる?」

隣接したコーナーのハムスターに、遥はメロメロだった。別にうっとりしてたわけじゃないけど、俺が声をかけてもなかなか離れようとしなかった。ギャラリーを意識したのか、とんでもない勢いで滑車を回すジャンガリアン。もう一匹はゲージのすぐ内側でぽぽりと餌をかじっている。よく見たら奥のほうに昼寝中のもう一匹がいた。おお、確かに眼福。でもそろそろ外でライトアップが始まりそうだ。後ろ髪を引かれる思いの遥を、どうにか現実へ引き戻していく。

「ちょこっと外に出るけどいい?」

「…すぐだろうな」

ペットショップ側の出口をいったん外に出て、屋根付きの渡り廊下から別の棟へ渡った。こっちの棟には一面ガラス張りのテラスがあって、眼下のイルミネーションを一望できる。点灯五分前とあってかなりの人集りができていたけど、二人ならこっそりと前列に潜り込めた。テラスは人々の熱気で暖房要らずだ。でもそろそろ外気温も低くなってきたし、これを見たら適当に買い物して帰ろう。

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