その後、そろそろ昼時ということでいったん六人はベンチに戻った。濡れた体を拭い、湊お手製の弁当を広げ始める。使い捨ての総菜パックが入れ物でなければ、運動会の弁当を彷彿とさせただろう。具の種類が豊富なおにぎりと五目稲荷、そこに卵焼きや唐揚げ、漬け物などいつもよりはシンプルなおかずが並んでいた。六人分をひとりで作ったのだから、簡単なものばかりなのは仕方がない。
とはいえ、水の中というのは思いの外エネルギーを使っている。手早くカロリーを摂取するならむしろ、このメニューはなかなか有能だ。

「頂きまーす! んむっ、うまい! 鮭おにぎりだ!」

「五目稲荷は私がもらうぞ!」

「昆布のおにぎりはどれだ、小宮」

「それ。ほら、ごまふりかけのやつ」

みなそれぞれおにぎりや稲荷を手に取り、もう片方で箸を持っておかずを食べる形となった。遊んでいる時は意識していなかったものの、かなり腹は減っていたらしい。遥もいそいそと五目稲荷を掴み、唐揚げを頬張っている。

「小宮さん、すみません。ひとりで作るの、大変でしたよね」

ペットボトルのお茶を空にしてから、かりんが申し訳なさそうに言う。ううん、と湊は笑って首を振った。

「材料費とかはみんなが出してくれたし、大したもの作ってないから。気にしなくていいよ」

弁当という時点で"大したもの"なのだが、湊にとっては苦労でもなんでもなかったようだ。ありがとうございますとかりんも微笑み、おにぎりを口に運んだ。

「これ食べたら、屋外プール行かない?」

もぐもぐと忙しなく頬を動かしつつ、佳奈子が提案を述べる。

「あっちのほうが雰囲気はいいんだよね。ヤシの木とかあるし、かき氷も食べられるし」

ここは屋内プールだが、奥に抜けていくと屋外に出ることができる。ハワイの海をイメージしたとの通り、ヤシの木や砂に囲われたプールがいくつかあるのだ。パラソル付きのテーブルもあり、かき氷やチュロス、ロコモコなんかも売っている。だがあくまでハワイはイメージであって、ヤシの木や砂がどうとか、実際にその食べ物が売っているかとか、その辺は定かではない。
そんな曖昧すぎるハワイアンエリアに、食事を終えた六人は向かっていた。

「んー、確かにちょっとハワイっぽいかも。どうよ夏風」

室内もそれなりに活気があったが、やはりこちらのほうが雰囲気は味わえる。ぐるりとエリアを見渡し、佳奈子は翼に問いかけた。こう見えてもセレブの端くれだ、ハワイくらいは訪れているだろう。ふむ、と翼は考えこんだ。

「まぁ、悪くはないが…プールと海では別物だろう」

「それ言ったら終わりだろ」

運営側だって、ここが海でないことは重々承知のはずである。海外旅行とは無縁の人間にもハワイ気分を味わわせてやろうというだけの心意気だ、深く考えてはいけない。

さて、先程エネルギーを補給した面々は我先にとプールへ向かっていくが、遥はパラソルの下で涼んでいた。どうも昼食を食べ過ぎたようで、なんとなく胃袋が重い。五目稲荷はひとつで十分だった。
けれども午前中はずいぶんはしゃいでしまったし、しばらく腰を落ち着けるのもいいだろう。きゃっきゃっと子供のように歓声を上げる佳奈子たちを眺め、ふうと息をついた。

「疲れた?」

隣の椅子に湊が座り、遥の顔を覗き込む。軽く頷き、遥はぽんぽんと腹をさすった。

「食べ過ぎた」

「あぁ、いつもよりは食べてるなと思ったけど。よかったじゃん、最近夏バテで食欲なかったし」

そういえばそうか、と遥は納得する。そもそもプールに来た理由は涼を取るためであったし、日頃の運動不足を解消したおかげで食欲も湧いた。水泳の授業は嫌いだが、こういうのは悪くないかもしれない。

「…ん? 何?」

視線に気づいた湊が首を傾げる。別に、と遥は再びプールに目をやった。

「泳いでくればいいだろ。お前まで…ここにいなくてもいい」

湊は元々プールが好きなのだ。何メートル泳げるとか具体的な数字は知らないが、中高の体育を見てきた限りでは水泳が得意と言っても差し支えない。今日の予定だって、昨日から浮かれていたほどだ。何も自分に付き合ってまで休憩することはない。そう思って優しく突き放したのに、湊はきょとんとしている。

「でも、泳ぐっていうよりは遥と遊ぶっていうのが俺の目的だし。ほら、これだけ人多いと泳ぐに泳げないだろ?」

見回してみると確かに、屋内エリアより人が多いせいでろくにスペースも空かない。こんなところで泳いだら逆に顰蹙を買いそうだ。

「だから、いいんだ」

湊がにっこりと笑った。

「俺はここにいたいの」

遥は顔を背けてしまったが、耳が赤かった。すると湊は小さく微笑んで、飲み物を買ってくる、と言って席を立つ。引き止める間もなく、湊は荷物を置いた場所へ駆けていった。
程なくして小銭を取ってきた湊は、パラソルの立っている出店へ向かう。そこで蓋付きの紙コップ二つを受け取り、こちらへ歩いてこようとした時だ。豊満な体の美人が二人、誘うようにして湊の肩にぽんと手を置いた。

(なんだ、あいつら…)

裸眼で視界がぼやけていても、そう遠くない距離なので見える。もう一人がさらに馴れ馴れしく腕を触るもので、元から沸点の低い遥を怒らせるには十分だった。
露出度の高い水着に恥じないスタイルに、整った顔立ち。二人とも、異性に声をかけることに躊躇いのないタイプだ。しかし湊は愛想笑いを浮かべてさらりと彼女たちをかわし、まっすぐこちらへと戻ってきた。慌てて遥は何も見ていなかったような表情を繕う。

「ごめんごめん。遅くなっちゃった」

遥の前にアイスコーヒーの入った紙コップを置いて、湊は困ったように笑う。気づかないふりをするつもりだったのに、つい口からは恨み言が出てしまった。

「嬉しかったくせに」

「へ?」

はっとなった遥はストローに口をつけて言葉を逃がしたが、湊は拗ねるような口調で揶揄してきた。

「嬉しいわけないだろー。急いでるって言っても聞かないから、恋人と来てますって切り抜けてきたのに」

その言葉にアイスコーヒーを吹きかけたものの、ぐっと飲み込んで辺りを見回す。彼女たちの姿は見当たらない。遥はほっと息をついた。

「まぁ、コップ二つ持ってたから一個は彼女にって思われたんだろうけど。でもあの人たちは遥のこと見て納得してくれたし、いいんじゃない?」

「はぁっ?」

そういえば美女たちとの会話の途中で、ちらりと彼女らがこちらを振り返った。気のせいかと思っていたのに。
湊は素知らぬ顔でコーヒーに口をつけた。

「きっと女の子だと思ったんだよ。パーカー着てるし、下はテーブルと椅子に隠れてよく見えなかったから」

それについては安心すべきなのか、憤慨すべきなのか。どちらも無駄な気がして、遥は氷が溶け始めたコーヒーをまた一口飲む。あんな美人には目もくれなかったことと、その湊が今なんとなく上機嫌だから、まぁ許してやろう。



↑main
×
- ナノ -