・赤ずきんパロ


「それじゃ頼むわね、赤ずきん」

あるところに、赤ずきんと呼ばれる男の子がいました。彼は母親の趣味でいつも赤いずきんを着用させられていましたが、幼い頃からの習慣であり、また似合ってもいたため、特に違和感を覚えず過ごしてきました。
そんなある日のことです。森の中に住んでいる赤ずきんのおじいさんが、病気で寝込んでしまいました。そこでお母さんは赤ずきんに葡萄酒を持たせ、おじいさんのお見舞いに行かせることにしました。

「森には狼がいるかもしれないから気をつけるのよ。狼の言葉を信じちゃだめだからね?」

お母さんが念を押すと、赤ずきんはしっかりと頷きました。

「はい。行ってきます、お母さん」

葡萄酒の入ったカゴを持ち、赤ずきんは家を出て森に向かいます。木々の間からこぼれる光がきらきらと綺麗で、赤ずきんは嬉しくなりました。目的はお見舞いですが、こうして森を散歩するのも楽しみのひとつなのです。

(でも、狼さんってどんな感じなんだろう?)

森へはいつも母と二人で行っていたからか、赤ずきんは狼に会ったことがありません。子供をぱくりと食べてしまうとか、様々な場所でそんな噂を耳にしました。会ってみたいようなみたくないような、狼に対しての好奇心がふつふつと湧き上がってきます。

「おい」

ふと、どこからか声が聞こえました。赤ずきんがきょろきょろと周りを見渡すと、木々の陰から背の高い狼が現れたのです。

「わぁ…」

初めて見た狼の姿に、赤ずきんは大きな瞳を輝かせます。獣と聞けば獰猛な性格や恐ろしい見た目を想像しがちですが、目の前の彼は涼しげな顔で落ち着いた雰囲気を纏っています。子供を食べてしまうような獣には見えません。

「あなたが狼さんですね。僕、赤ずきんです」

「知っている」

頷いた狼に、ほぇ?と赤ずきんは首を傾げます。二人は確かに初対面のはずなのです。

「昔から森で見かけていた。よく母親と木の実を取りに来ただろう」

「あ、はい!」

こちらに会った覚えはなくても、狼はきちんと赤ずきんを知っていました。それを聞いて、不思議と赤ずきんの胸が高鳴ります。

「今日はひとりのようだが、どこに行くんだ」

「えっと、おじいさんのお見舞いです。おじいさん、病気になってしまったみたいで…あっ」

狼から訊かれるがままに喋ってしまったことに気づき、赤ずきんは小さく声を上げます。十分注意するようにと、母から忠告されていたのでした。

(でも、悪い人には見えないなぁ)

物腰柔らかな話し方といい穏やかな声といい、噂に聞く狼の姿とは全くの別人です。じっと赤ずきんが狼を見上げると、それなら、と狼が木々の奥を指差しました。

「そこに、小さいが花畑がある。見舞いの品に持って行けばいい」

「そうなんですか? わぁ…おじいさん、きっと喜びます」

狼の提案は、聞くだけでも素敵なものでした。部屋に綺麗な花があれば、病気のおじいさんも心が安らぐでしょう。赤ずきんはカゴを揺らしながら道を駆けていき──慌てて立ち止まり、狼にぺこりと頭を下げました。

「狼さん、ありがとうございます」

「…ああ。ゆっくり摘んでいけ」

狼は少し言い淀みましたが、赤ずきんは気づかずに花畑へ走っていきます。その赤いずきんを切なげに見つめた後、狼は足早に森の奥へと進んでいきました。

〜〜〜

「げほっ、ごほっ。あのヤブ医者め、全然薬など効かないではないか。げほっ…うう、誰か来ないものか…」

木々に囲まれた小さな一軒家に、赤ずきんのおじいさんは住んでいました。三日前、医者に看てもらったにもかかわらず、なかなか病気は治りません。今もベッドに潜り込み、丸くなってぐすぐすと鼻をすすっています。というのもおじいさん、こんな人里離れた場所に住んでいるくせに、極度の寂しがり屋なのです。病気で心細さも深まり、ひとりぼっちでいるのが何よりつらいのでした。

「はぁ、せめて誰か来てくれないものか…」

ぽつりと泣きそうな声を漏らしたその時。ドアをとんとんと叩く音が聞こえました。

「おお! もしや赤ずきんが私を見舞いに…!」

ぴょんっとベッドを飛び降り、おじいさんはドアに駆け寄ります。急いでドアを開けてやると、そこに立っていたのは愛しい孫ではありませんでした。

「ひっ! 狼か!」

腰を抜かしたおじいさんを冷たい目で見下ろし、狼は爪をおじいさんの服に引っかけて持ち上げると、隠していた牙をそっと剥き出してきました。

「た、助けてくれ! 私は病気なんだっ」

おじいさんが慌ててもがくと、狼はぴたりと動きを止めます。その視線は、そばの棚に置いてある写真に注がれていました。

「赤ずきん…」

写真ではおじいさんとお母さん、真ん中に赤ずきんが立っています。今より少し幼い赤ずきんは、弾けるような笑顔で映っていました。

「……行け」

「へ?」

恐怖でぶるぶると体を震わせていたおじいさんは、不意に足が床に下ろされたのでぽかんとしてしまいます。狼は素早く牙をしまい、外の森を差しました。

「今逃げるなら、命は助けてやろう。さっさと行け」

「ひいっ!」

ぽいっと体を投げ出され、おじいさんはふらつく脚を懸命に動かして逃げていきます。姿が見えなくなった頃、空になったベッドへ狼が体を忍ばせました。



「ふふ。こうやって、リボンを巻いて…うん、完成」

一方、狼の言う通りに花を摘んでいた赤ずきんは、葡萄酒のリボンを一本取って花をまとめ、綺麗な花束を作っていました。いい香りのそれに満足げに笑うと、ようやく道に戻っておじいさんの家を目指します。

(狼さん、かっこよかったなぁ…)

花を摘んでいた間も、赤ずきんの頭の中は狼のことでいっぱいでした。すらりと長い手足、長身の体躯、あっさりと整った顔立ち、落ち着いた声。女の子でもないのに、思い出すとついうっとりしてしまいます。

(また、会いたいな…)

今度、ひとりで森に遊びに行ってみようか。そんなことを考えていたら、いつの間にかおじいさんの家に着いていました。

「こんにちは。おじいさん、赤ずきんです」

ドアをノックしましたが、返事はありません。もしかしたら病気で起き上がれないのかと思い、赤ずきんはそっとドアを開けました。

部屋の中央に置かれたベッドは膨らんでおり、返事がないのは寝ていたからかと赤ずきんはほっとします。

「おじいさん、具合はどうですか?」

「……悪くない」

布団から聞こえたくぐもった声に、若干の違和感を覚えます。けれど病気と言うからには喉の調子も悪いのかもしれません。赤ずきんは構わず続けます。

「よかった。ここに葡萄酒置いておきますね。それとほら、たくさんのお花も。狼さんが、お見舞いにお花を持っていったらどうかと言って下さって…あっ!」

赤ずきんは慌てて口を押さえました。それというのも、おじいさんは一度、狼に襲われかけたことがあると言っていたのです。以来、おじいさんの前で"狼"という単語は禁句になったのでした。しかし。

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