「──それでは、お大事に。食事はきちんと摂りましょうね」 「…はい」 苦い顔をして頷いた遥に笑いかけ、白衣を纏った女性は引き戸を開けて出ていく。白いベッドに横たわったままそれを見送り、遥は深くため息をついた。 「食べたくないものは…仕方ないだろ」 「仕方ないわけないよ」 愚痴るような呟きにすかさず言葉を被せ、ベッド横の椅子に腰掛けていた湊が遥の額を軽く指ではじく。 「心配させるなよ。急にしゃがみこんだからびっくりしたじゃん」 「ふん……」 遥はそっぽを向き、清潔すぎて落ち着かない布団にさっと潜る。 ここは大学の敷地内にある保健センターで、いわゆる保健室のような場所である。今から三十分ほど前、遥は湊に支えられながらここへやって来た。一緒に歩いていた際にめまいに襲われ、その場にへたり込んでしまったのだ。横になり、水を飲ませてもらってかなり回復したのだが、保健医の問診によると、原因は朝から一切の栄養を取らずにいたことだったのだ。もちろん湊が怒らないわけがない。 「今日は俺が早く家出るから、テーブルにご飯作っておいたのに。ちゃんと食べてこなかったのか?」 責めるような口調は遥を思っているからこそだ。たまたま一緒にいた時だからよかったものの、もし車道やトイレの個室などで倒れていたらどうなっていたか。想像するのも恐ろしいだろう。 「食欲なかった?」 「……起きた、ばかりで…」 ゼリー飲料を補給し終え、気まずそうに弁明し始めた遥に、湊はふぅと大きなため息をつく。 「もー。……ほんとに、心配したんだからな」 髪を優しく撫でられ、きゅっと遥の胸が痛くなる。こういう時は、やはり自分が謝るべきだろう。 「……わる、かった」 「うん」 湊のほうに寝返りを打てば、微笑んで頷いてくれる。しかしその肩越しに壁時計が見え、遥は目を見開いた。 「お前っ…講義が……」 「え? あぁ。いいよ、さぼるし」 腕時計を確認した湊は大したことないと言わんばかりに、しゃがんで遥を抱きしめてくる。その頭を叩き、遥は尚も湊を追い立てた。 「ふざけるなっ、ちゃんと……っ」 どうせまた、遥が心配で、とでも言うのだろうが、これ以上湊に迷惑をかけるわけにはいかない。幸い体調も徐々に戻ってきているし、少し休んでいけば夕方の講義には出られる。だから気にせず行けと言っているのに、湊は頑なに首を振り続けている。 「だーめ。遥にはもう少し自覚してもらうよ。遥がこうなると、俺はつきっきりになるってこと」 迷惑のかかる対象が自分だけでは、どうしても管理が甘くなってしまう。その点それが湊にまで及ぶものと考えれば、心配かけまいと遥も努力するに違いない。 う、と遥は言葉を詰まらせ、急におとなしくなった。 「よしよし。そのまま寝てような」 ぽふぽふと布団を軽く叩き、湊は悪戯っぽく笑う。 「俺は授業をさぼりたいし、遥の面倒も見たい。で、寂しがり屋の遥は俺にいてほしい。ほら、利害の一致」 「そんなんじゃない…」 遥が眉を寄せて否定しても、湊はにこにこして髪を撫でてくる。不意に、その手が頬まで滑ってきた。 「ん…」 大事そうに頬を包み、湊は身を屈めてそっと唇を重ねてくる。こんな場所で、と軽い背徳感に苛まれながらも、遥も結局は応じてしまうのだ。 昼間の陽光がカーテン越しに降り注ぐ密室で恋人と逢引。不倫もののメロドラマにありがちなシーンだ。彼らが逢瀬を重ねる理由と同じく、こんなシチュエーションには人を夢中にさせる不思議な魅力があった。 「もっと?」 「っ…違う…」 名残惜しげに離れた唇を見つめ、遥は緩く首を振る。そうだ、ここはまだ学校の内部。曲がりなりにも学生の自分たちが好き勝手していい場所ではない。甘やかな雰囲気をぶち壊すのは後ろ髪が引かれる思いだが、なんとか理性で留めなければ。 なのに湊は靴をぽいと脱ぎ捨て、布団をめくってベッドに乗り上げる。狭いスペースを逃げ惑う遥の体をしっかりと捕まえ、耳元で囁いてきた。 「だめ? 今すぐ、遥が欲しい」 「だ、だめに決まって……帰って、からにしろ…っんん」 体は横向きで、後ろから湊に抱きしめられている状態だ。その声に、否が応でも背筋がぞくぞくと震えてしまう。さらに、ウエストに巻きついていた腕がするりと服を滑り、シャツの下へと潜り込んできた。 「大丈夫。きっと誰も来ないよ」 「やっ、あ……っ」 ごそごそと服の中をまさぐる手と、吐息と共に吹き込まれる優しい声に熱を煽られる。理性の塊がどろどろに溶かされていくようだ。 「んっ、ん…ふ…!」 肌を撫でていた指がわざとらしく乳首を掠め、ゆっくりと押し潰す。再び立ち上がってきたそこを摘み、指先にきゅっと力を込められると声が漏れてしまう。口に手を当てて必死でこらえていると、湊の手は更にボトムのホックを外し、ぐいっと下着ごと引き下ろした。 「ちょっ……だめだ、いえ、で…っ」 これ以上は本当に歯止めが効かなくなってしまう。湊の腕を掴んでやめさせようとするが、かぷりと首筋に歯を立てられ、体の力がふっと抜けてしまう。 「最近あんまりしてなかったし、弱ってる遥がかわいすぎるから悪いんだ」 「あ……、やっ…」 さらりと剥き出しの腰を撫でる手つきがあまりに卑猥で、触れられていない中心も徐々に反応していく。 「っ、かえってからで、いいだろ……んんっ」 「そんな泣きそうな声で言われたら、余計やめられなくなっちゃうな」 弱々しく抵抗する遥を仰向けに寝かせ、布団と共に覆い被さった湊がゆっくりと口づけてくる。背徳感が募る一方で、その独特な雰囲気に包まれた中での行為には一種の興奮を覚える。ねっとりと深いキスに酔いしれていると、開いた脚の間をくっと広げられ、その奥を湊の指がつついてきた。 「ん……っ!」 びくりと震える脚を撫でながら、遥の先走りを纏った指がゆっくりと挿入される。キスを解き、舌先だけをちろちろと触れ合わせると、くすぐったいような感覚にずくりと腰の奥が疼いた。 「は、あ……っ、んぅ…っ」 「遥のここ、最初は嫌がってるけど…ほら、こうやって…」 「んぁっ!」 ぐるりと柔らかな内部を掻き回され、僅かに腰が浮く。湊は意地悪く微笑み、もう一本の指を揃えて含ませた。 「じっくり溶かしてあげると、ここがひくひくしてたまらないんだもんな」 「ふ、ぅっ……!」 初めはきつく閉じていたそこもやがて綻び、湊の指をすんなりと呑み込んでいく。こんな場所で感じてなるものかと歯噛みする心境とは裏腹に、物欲しそうにひくつくばかりだ。 感じきった恋人の体をじっくりと見下ろし、湊は感嘆のため息をつく。 「遥、エロい…」 「う、るさ…ぃっ」 シャツを首元までまくり上げたおかげで、華奢な体のラインが露わになっている。その上、ぷくりと膨れた胸の尖りやしとどに蜜をこぼす遥のものはクラッとするほど卑猥で、湊も思わずごくりと唾を飲み込んだ。 「だめだ。もう入れたいよ」 「やっ、あぁ…っ」 膝をぐいっと折り曲げられ、ほぐされたところに熱を押しつけられる。先端をなじませるようにぬるぬると入口を刺激されて、遥はもどかしそうに腰を揺らした。しかし僅かな理性は残っているのか、涙を浮かべてかぶりを振る。 「や……だ、ここじゃ、だめ…っ」 「そんなこと言ったって、俺も遥も限界だろ? ここまできて、入れちゃだめなんて…我慢できないよ」 そうこうしているうちに、湊のものがぬるんと入口を開いてくる。太い部分が埋め込まれ、遥は思わず手の甲を口に押しつけた。 「ほら、遥も…気持ちいいって顔してる。大丈夫、ちゃんと声出ないようにしてあげるから」 「ん、んっ!」 悪戯っぽく笑った湊は遥の手をシーツへ戻し、そのまま覆い被さって唇を塞ぐ。すぐに狭い場所を湊でいっぱいにされ、遥は湊にしがみついて声をこらえた。 「んっ、んうぅ……っ」 久しぶりの体温を内と外から感じ、体中が瞬時に熱を孕む。どくどくと脈打つ楔に、粘膜が貪欲に絡みついていくのがわかった。 「っは…。遥のここ、吸いついてくる…」 「ぁんっ!」 腰を軽く揺さぶられると、受け入れたそれが中で擦れてたまらない。ふっ、と湊は口元を緩め、人差し指を遥の唇にあてた。 「かわいい声、聞きたいのは山々なんだけどな。今はちょっとだけ我慢して」 「んっ、む…っ」 刺激が少しだけ弱まり、ゆっくりと突く動きに変わる。けれど感じるところは的確に狙われ、とろりと中心から雫がこぼれ落ちた。 「かわいい。激しくするのも気持ちいいけど、優しくしてあげると遥の顔がよく見えていいね」 「やぁ……、みるな…っ」 上気した肌を撫でられ、それさえもが淡い快感となって流れ込んでいく。恥じらいを含んだ表情を目にして、湊は満足そうに頷いた。 「遥も気持ちいいんだ? ここ…」 「っん、ふぁ……!」 不意に中心を手で包み込まれ、びくんと遥が仰け反る。敏感なそこはふるふると震え、今にも達してしまいそうだ。 「や、それ……だめ…っ」 ただでさえ湊をくわえ込んで快楽を得ているのに、前後を一緒に刺激されたらおかしくなってしまいそうだ。しかし弱々しい遥の声に逆らい、湊は反応しきった遥のものを下腹に擦りつけていく。 「こんなにのんびり動いてたら、後ろだけでイけないだろ? こっちも触ってあげるから、たっぷり感じて」 「ふ……っ、ぁ、んん…っ」 溢れる蜜をくりくりと先端に塗りつけるようにされ、くわえ込んだ湊のものをきゅっと締めつけてしまう。あまりにも気持ちがよくて、前と後ろ、どちらの快感なのかわからなくなりそうだ。 「んっ、も……だめっ、なか、あつい…っ」 「っ……そんなに煽られたら、俺のほうがやばいって」 苦笑しながらも湊はぎゅっと遥を抱きしめ、少々強引に唇を重ねる。遥も両脚を腰に絡めるようにして、びくびくと全身を震わせて達した。 「学校で盛るような奴なんか…最低だ」 「ま、まぁまぁ。ほら、脚上げて」 事後。湊は手早くシーツの乱れを直し、換気をするべく窓を開け、ふて腐れた遥のために湯を用意していた。しかし絞った温かいタオルで下半身の至る所を拭ってやっても、遥は一向に機嫌を直さない。 「悪かったよ。体調あんまりよくないのに、無理やりして…」 「……」 「ちゃんと反省したから。もう、こういう場所ではしないって」 「……ふん」 パイプ椅子から緩慢に腰を上げ、遥は棚に置いてあった荷物を手に取る。湊は慌てて立ち上がった。 「帰る。こんな場所にもう用はない」 「それって、家に帰ってからならしてもいいってこと……あっ」 しまった、と湊は青ざめたがもう遅い。恐る恐る顔を上げてみると、遥はこちらをきつく睨んでいた。予想に反して、恥ずかしそうな表情で。 「……ふん」 ぷいっと湊に背を向け、先に部屋を出てしまう。期待の二文字を彷彿とさせるその後ろ姿に、湊が早くも反省を忘れかけたのは言うまでもない。 ↑main ×
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