「遥……? えっ、ごめん! 意地悪だった?」

遥を上に乗せたまま、湊は素早く起き上がって心配そうに顔を覗き込む。突然の刺激に驚く顔が見たかっただけなのだが、あまつさえ泣かせてしまうとは思わなかった。だが遥は緩く首を振り、ぎゅうっと腕をまわしてしがみついてきた。

「ちが、ぅ……っ…。っしょに、できなかっ……た……。先、に……」

「遥……」

どうやら、自分だけが先に高みへ届いてしまったのを悔いているらしい。理性が薄らいでいるせいで涙腺も緩んでしまったのだろう。頬を伝う涙をぺろりと舐め取り、湊は触り心地のいい髪を撫でてやった。

「泣かなくていいんだよ。俺がいきなり動いちゃったからだし……ね? 遥が気持ちよかったならそれでいいじゃん」

「んぁっ」

しっかりと遥をホールドしたまま体重をかければ、今度は湊が覆い被さる形になる。突かれる角度が変わり、達したばかりの遥の体がざわりと粟立った。

「遥は十分頑張ってくれたんだから、いっぱい気持ちよくなっていいよ」

「ん、んぅ……」

慈愛を込めて、深く唇を重ねる。遥は安心したように背中へ手をやり、うっとりとキスに酔いしれた。舌を絡めると、くわえ込んだ熱をきゅっと締めつけてしまう。

「ん、あっ、あぁ!」

覆い被さった格好で腰を打ちつけられ、敏感な体が僅かに持ち上がる。そのまま突き刺すように何度も穿たれ、上擦った声が吐息と共に溢れた。

「ん……遥、声おっきい。夜なんだから…隣に、聞こえちゃうかも」

「ん! んんっ、ふ……ぅ!」

言われて遥ははっとする。ここはいつもの寝室ではない。湊や自分の部屋なら気を遣うことはまずないが、隣室と接しているこのリビングならもしかすると声が漏れてしまう恐れがある。壁がそこまで薄くなくても、今は静かな夜なのだから。
遥は慌てて口を押さえて声を殺そうとするが、すぐに酸欠で頭がふらつく。だめだよ、と湊は優しくその手を剥がし、自分の手と絡めてシーツに縫い付けた。

「聞こえたっていいじゃん。ね、かわいい声、聞かせて」

そうは言っても、隣人を一度意識するとなかなか思いきれない。なのに湊は再び腰を掴み、少しの勢いをつけて熱をねじ込んでくる。

「ふあぁ! あ、や……っ」

淫らな喘ぎなど絶対に湊以外には聞かせたくないのだが、ひっきりなしに腰の奥へ打ちつけられては唇も綻ぶ。

「はぁ……そろそろ、俺も限界…」

「んぅ……あっ、あ……っ?」

触れるだけの口づけの後、内に埋まった楔がずるりと抜き出されそうになる。何故、と湊を見上げれば、余裕のない苦笑を浮かべられた。

「遥がかわいいからさ……きっと、これ一回じゃ終われないと思うんだ。だから、中に出さないほうがいいだろ…?」

確かにこれから幾度も内側を満たされると後処理が少しばかり憂鬱になりそうだが、すんなりと頷けないのはどうしてだろうか。手間を考えれば当然なのに。

「ん……っ、遥…」

「あ…っ!」

一際奥を突いた後、湊がつらそうな表情で腰を引く。瞬間、遥は唇を噛みしめた。

(だめだ………っ)

理由なんて考える暇もない。ただ、だるい両脚を浮かせて湊の腰に絡め、体温の高い体にぎゅっとしがみつく。すんでのところで、抜かれようとしていた湊を押し留めるように。

「え、ちょっ………ん…っ!」

驚きの混じった、上擦った声が耳を掠める。無理やり中に留めた熱が敏感な粘膜をびくびくと震わせ、どろりと熱いものを吐き出して中を満たしていく。その刺激に、遥も高みへ押し上げられていった。

「なんで…」

「……別、に」

どくどくと注がれていく欲を全身で感じながら、火照った顔を手で隠す。もう片方の手は湊と繋いだままだ。

「…し、かっ…から…」

「え?」

「っ……ほし、かった…から」

心も体も、湊の全部が。
寂しい思いも拙い誘いも全て受け入れてくれた湊を、遥も受け入れてみたいと思った。湊が自分に注いでくれるのは、全てが愛情だと知っているから。

「遥……ありがと」

今日何度目かの台詞を口にすれば、遥は照れたようにきゅっと唇を引き結ぶ。その小さな唇にキスを落とし、湊は華奢な体をそっと抱いた。



「はい。腕通して」

軽く湯浴みをして体を清めた後、ぼうっと宙を見つめる遥に服を着せかける。カーテン越しの外は夜明けの頃合いだった。

「こっちおいで」

布団に寝そべり、ぽんぽんと隣を叩けば素直に遥はすり寄ってくる。疲労のせいか、風呂に入っても遥は驚くほどおとなしかった。

「疲れちゃった?」

こくんと小さく頭が振られ、湊は柔らかい髪を梳いて抱き寄せる。ふわりと漂う匂いはとても安心するものだった。

「そっか。遥、頑張ってくれたもんな。ほんとに嬉しかったよ」

汗ばんだ体で何度も抱き合って、唇を重ねて手を繋いで。心も体も、本当の意味でひとつになれた気がしたのだ。

「俺ばっかりが求めてるんだって思うこともよくあるし…こんなふうに、同じ気持ちで抱き合いたかったんだ。…でも、そんなの贅沢だろ? 遥に、もっともっと我慢させちゃうじゃん」

「……我慢なんか…してない」

しばらく言葉を発さなかった遥がためらいがちに呟いた。

「お前が……したいって、言う…なら、まぁ……」

「顔赤い」

くすっと湊が笑うと即座に胸に顔を押しつけ、遥は耳まで赤く染める。そんな愛らしい反応をされては湊も黙ってはいられない。もうどこでもいいとばかりに、耳や髪にちゅっちゅっと口づけていく。やめろ、と遥が弱々しく文句を言った。

「だって幸せなんだもん」

「……ふん」

微笑む湊をちらりと見ると、不意に胸がきゅんと音を立てる。相手が幸せなら自分も幸せ、とはこういう気持ちを言うのだろうか。心の奥が不思議な温かさに包まれていくようだ。

「……俺、も…」

──幸せ。
もちろん、まだ言葉にはできないけれど。

「へ?」

「な…何でもないっ」


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なかなか事後まで書けないので今回は書きましたー。長くなりましたが、読んで下さってありがとうございました!

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