「恋愛って、結果論ばっかりじゃないと思うんだ。恋をして、付き合って、キスをして…っていろいろあるけど、大事なのはその過程だろ? 遥だって、今まで俺のことでいっぱい悩んだはずだよ」

湊は少し得意げに、でもね、と笑った。

「遥がいっぱい悩んでもいっぱい失敗しても、俺はずっと遥が好き。それが俺のためなら尚更ね。だから、安心してそばにいてほしいんだ」

「──……」

恋人という関係になってから、いつも不思議だった。
湊の隣は、温かくて居心地がいい。どれだけ心が荒んでも、ふわりと溶けてなくなってしまう。大丈夫だと言ってもらえるだけで、心の底から安堵できる。不思議だけれど、どこまでも甘い優しさに包まれているような感覚で。そう思ったら、いつの間にか涙が止まっていた。

「ちょっとだけ、俺の我が侭聞いてくれる?」

湊からの控えめな提案で我に返った遥は、ほぼ反射的に頷いていた。

「もう一回、お誘いの続きをお願いしたいな」

「えっ……な、何を…っ」

何を言い出すかと思えば、湊はちょんと遥の唇に指をあて、にっこりと笑いかける。遥は顔を赤く染め、あわあわと慌て出した。

「い、今は……」

「せっかくのお誘い、さっきは俺が遮っちゃったからな。今ならじっくり聞いてあげられるし」

心の準備もないままにほらほらと促され、遥はどうしたものかと困り顔だ。けれどこれは名誉挽回のための、湊が作ってくれたチャンスなのだ。そうでないと、遥がいつまでも失敗を引きずってしまうことを知っているから。

(と……とりあえず…)

湊の背にまわした手で、ぎゅっとしがみついてみる。とにかく恥ずかしさで頭がいっぱいになり、佳奈子から何を教わったか、なかなか思い出せないのだ。

「それで?」

「っ……お前…」

さっき突き放したことを実は根に持っているのではと思うくらい、湊は妙に楽しそうだ。とはいえ、遥だってもともとは湊を喜ばせたいという気持ちがあったのだから、これはこれで成功なのかもしれないが。

「ね……?」

まるで情事中のような声音に唆され、遥は湊の肩に掴まってかかとを僅かに持ち上げる。しかしその先がどうにも踏み切れず、困ったようにうろうろと視線をさまよわせた。

「恥ずかしがってる遥もかわいいけど、今は迫ってほしいなぁ。そういう顔はもっと後でまた見たいから」

(後で……って)

誘った後の展開をほのめかす言葉に、遥はこっそりと頬を赤らめる。けれどこのまま湊を待たせておくわけにはいかないし、何よりがっかりされるのだけは避けたい。湊は失敗してもいいとは言ってくれたが、ここで引いては自分が納得できない。きっとまた、後悔ばかりが残ってしまう。
遥はそっと顔を上げ、唇を湊の頬に軽く触れさせた。

「遥……」

湊は目を瞬かせると、確かに唇が触れた頬を撫で、やがて嬉しそうに笑う。湊の肩に額をあてて顔を隠す遥を、腕の中で強く抱きしめた。

「ありがと。十分だよ」

世間一般の恋人同士が言う"お誘い"には程遠いだろうが、素面の遥にしては上出来すぎるくらいだ。

「ち……違う」

遥は顔を隠したまま緩く頭を振り、震える声を絞り出す。何が?と、湊は髪を優しく撫でて尋ねた。

「まだ……言ってない、だろ。だ……」

言いかけると、遥は耳まで真っ赤にしてしまう。そんな初な反応に微笑み、湊は頷いて先を促した。

(言うんだ……早く…)

もう、臆病な自分に屈したりはしない。そのままの気持ちを、湊に届けたいから。

「だっ……抱いて……、くれ……」

か細くて弱々しい、遥の精一杯の声が湊の耳元で放たれる。まさか湊もこんな台詞が告げられるとは思ってもみなかったようで、小さく口を開けたままぽかんとしていた。

「……どういうこと?」

「いっ、いちいち説明しなくてもわかるだろ!」

これ以上ないほど直接的な表現を使ったというのに、湊がわからないわけがない。じわじわと膨らむ羞恥を押さえつけ、遥は乱暴に言ってのけた。

「ごめんごめん、意地悪してるわけじゃないよ。ただ…ちょっとびっくりしただけで」

「あっ」

悪びれた様子もなく、湊は遥の体を軽く横抱きにする。そして布団の中央まで進み、寝かせるのではなくすとんと座らせた。

「ありがとな、遥。俺、今凄く嬉しい」

頬を両手で包まれ、唇にちゅっとキスが落ちる。まだ恥ずかしくて湊の顔さえまともに見れず、遥は目を逸らしてばかりだ。

「こっち見て」

「やっ……」

唇が離れても顔は近づいたままで、瞳がかち合うと体の中がかっと熱くなる。あんなふうに湊を誘ったことに後悔はないが、如何せん言った後のことを何も考えていなかったのは誤算だったかもしれない。

「大好きだよ、遥。こうやって遥に触れるだけでも幸せだと思うけど…同じ気持ちで抱き合えたら、もっと幸せだなって思ってたから」

自分を見つめる湊の柔らかい視線に、遥はどきりとさせられる。そしてやっと、今まで何度もくじけてきたことを乗り越えられたのだと思えた。
遥の眼鏡を外し、湊はちょんちょんと手をつついた。

「ね、両手上げて?」

「手………?」

微笑んだままの湊に促され、遥は不思議に思いながらもおずおずと両手を耳あたりまで浮かせる。その途端に湊は遥のシャツの裾を握り、頭からすぽんと抜いてしまった。

「なっ、やめろ馬鹿!」

いきなり上半身を晒された遥は、慌ててタオルケットを引っ張り上げて体を隠す。湊はくすくすと笑って下衣にも手をかけてきた。

「やめろって言ったって、脱がなきゃ何もできないだろ? ほら、次は腰上げて」

「う………」

確かに誘ったのは遥のほうだが、だからといってこの行為に羞恥を覚えないわけではない。何度湊と体を重ねても慣れた気になど一向にならないし、今日はここまで至った経緯も場所も違うからかいつも以上に緊張していた。
腰をそっと浮かせると、湊がハーフパンツを下着ごと取り去っていく。くるりとタオルケットに身を包み込み、遥は落ち着かない様子で視線をさまよわせる。まだ座ったままのせいか、景色までが違って見えた。

「あのさ、遥。俺の服……脱がせてくれる?」

「はっ!?」

驚いて湊を見れば、僅かに持ち上げたシャツの裾を差し出される。遥はぶんぶんと首を横に振った。

「でっ……できるわけ…」

「お願い」

ね?と前髪から覗く双眸に見上げられ、心臓がひときわ大きく高鳴る。唇を噛んで湊を睨むようにし、遥は恐る恐るシャツを握った。

(こんなの……っ)

情事中、湊はめったに裸にならない。ほどほどに着衣を乱すことはあっても、最初から脱ぐことはまずない。しかも、それを自分に手伝わせるなんて。
ゆっくりと捲り上げれば、湊はおとなしく腕を上げる。徐々に露わになっていく体は引き締まり、ただ華奢なだけの遥とはまったく違っていた。

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