・大人湊×病弱なショタ遥
・年の差はまぁ……10くらい



通い慣れた道をたどっていくと、目の前にそびえ立つのは大きな病院。受付を通り過ぎ、湊は静かな廊下を歩いていく。手にはかわいい小包を持ち、小児病棟へ向かう道すがら、売店で適当なおやつを購入する。階段を上ってすぐ左の病室に、目的の人物はいた。

「おはよ。調子はどう?」

開いたままのドアから入り、窓を見つめていた後ろ姿に声をかける。小さな背中をじっくり見る間もなく、子供はすぐにこちらを振り返った。

「今日は、来れないって言ってたんじゃ……」

驚いた顔はまだまだ幼さを残しており、きっちりした眼鏡がなんとなく違和感を覚える。湊は微笑み、ベッド横の椅子に座った。

「と思ったんだけど、休講になったから」

「きゅうこう?」

「授業が休みになったってこと」

はい、と小包を差し出せば、少年は丁寧に包装をはがしていく。中身を見るなりぱっと顔を輝かせ、ベッドに備えてあるテーブルを引き寄せた。

「もうやるんだ?」

プレゼントは実に子供らしくない本だった。中学生向けの、数学の参考書。湊はもう、見るのも嫌だというのに。
しかし少年はシャーペンをいったん握ったものの、すぐに本を閉じてペンを放る。

「ん? どうした?」

「……お、お前が帰ってからやる…」

だから、と。子供特有のあどけない瞳に見上げられ、湊はそっと手を伸ばした。



幼い頃から病弱だった少年は、何度となく入退院を繰り返したおかげでほとんど学校には通えなかった。病院にも一応、長期入院の子供たちのための学級はあるのだが、人嫌いな少年は絶対に足を運びたがらない。見かねた少年の祖母は友人の孫が大学生であることを知り、勉強を教えてやってほしいと頼んだ。それが湊である。
湊も初めはしぶしぶ少年に会いにきていた。少年からの激しい反発に遭うからだ。もう来るなだとか、大人は嫌いだとか、両手の指に余るほどは言われた。けれど湊がもともと人の気持ちに聡いこともあってか、少年は居心地の良さを感じるようになった。一度心を開いてからはすっかり湊になつき、来る日も来る日も湊を待っていた。



ある日のこと。いつものように遥の病室を訪れた湊は、中から漏れる嗚咽に目を見開いた。急いでドアを開ければ、シーツに顔を押しつけて遥が泣いているのが見えた。

「遥っ! どうした、苦しい? 看護婦さん呼ぶ?」

苦しそうに噎せる背を撫でて尋ねれば、遥は首を横に振る。咳をこらえながら起き上がり、湊にしっかりとしがみついた。

「ひっ……ぅ、っ」

「大丈夫だから、落ち着こ? な?」

小さな体を膝の上に抱き上げ、背中をゆったりと撫でてやる。しばらく続けていると、遥の泣き声が少し収まった。

「っ……俺、死んじゃうかも、しれな……っ」

「え……なんで?」

遥の病気は決して不治のものではなかったはずだ。口に出してみて、湊も自分の声が震えるのがわかった。

「手術、しなきゃだめ、って……でも、失敗したら、死んじゃうって……」

「誰がそんなこと言ったんだよっ?」

たとえ本当のことだとしても、こんな子供に聞かせる内容ではない。

「おばあちゃん……と、せんせ、が…」

言いながら、大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。自分まで泣き出してしまいそうになるのをこらえ、湊はぎゅっと遥を抱きしめた。

「大丈夫。遥はね、ちゃんと病気治して、幸せにならなきゃいけない子なんだよ。もう、いっぱい苦しい思いしたんだから」

薬の副作用でぐったりした姿も、点滴チューブに繋がれる痛々しい姿も、湊は見たくなかった。遥が元気になって、心から幸せを感じてくれますように。ただそれだけを思って、ほとんど毎日通いつめてきたのだ。

「で、も……っ」

「遥が命を賭けるなら、俺もそうするよ。一緒なら怖くないだろ?」

遥には、教え子よりも友達よりも深い思いを抱いてしまった。そんな存在をなくした世界には、未練など残らないだろう。遥は慌てて首を振りかけたが、やがて小さく頷いた。

「だめだったら、寂しくないように俺のことあげる。その代わり──手術が成功して元気になったら、俺に遥をちょうだい?」

「ぇ……っ?」

湊の肩に頬をあてていた遥は、びっくりしたように顔を上げる。だが柔らかく唇を塞がれ、それ以上の声は出せなかった。

「病気が治ったら、俺が外の世界に連れてってあげる。遊園地でも映画館でも、どこでもいい。たくさんたくさん遊んで、俺の作ったご飯食べて、一緒にお風呂に入って、隣で眠りたい。遥を、俺のお嫁さんにしたいんだ」

自分よりずっと下の子供に夢中になるなんて、ここへ通うまでは思いもしなかった。けれど不思議なもので、こうして触れ合っていると遥はやはり出会うべくして出会った相手なのだとわかる。遥がいない世界なんて壊れてもいいと思えるくらい、どうしようもなく彼を愛しているのだ。これからの人生を、愛する人の未来に委ねても後悔なんかしない。

「ふ、ぇ……っぅ……」

小さな手が、もう離れたくないと言うように湊の服をきつく掴む。その手を取って、指先にそっとキスを落とした。

「好きだよ、遥」



「大丈夫だって言ってるだろ」

「でもねぇ……」

何枚かの間取り図を見つめ、綾子はふぅとため息をつく。

「心配だわ。ひとり暮らしなんて」

「昔みたいに病気してるわけじゃない。ひとりでも暮らせる」

遥はこの度、難関と言われる大学に無事合格した。そこで実家から離れてひとり暮らしを始めるつもりなのだが、孫が心配なのか、綾子はなかなか了承してくれない。

「……また後で話す」

遥は仕方なく話をいったん切り、玄関に向かう。わかってもらえないだろうとは思っていたが、予想以上に苦戦している。なんとか綾子を説得せねばと思っていると、不意に玄関のドアが開いた。

「「あ」」

二人の声が重なる。やがて、ドアを開けた湊がにっこりと笑った。

「久しぶり。遅くなって悪いけど、合格おめでとう」

「当たり前だ」

合格したことはメールで伝えてあったが、直接会うのはかなり久々だ。年度末で、湊も仕事が忙しいのだろう。渡された祝い金はちょっと受け取りにくいが、まぁ気持ちとして取っておこう。

「それと、誕生日もおめでとう」

「ふん……」

差し出されたプレゼントを乱暴に奪い、遥はそっぽを向く。湊は苦笑しただけだった。

「それと、もうひとつ」

「はぁ?」

お金にプレゼントに、まだあるというのか。両手が塞がったまま視線を迷わせていると、かわいい音を立てて頬を吸われる。かあっと耳まで熱くなった。

「な、なに……」

「迎えに来たんだよ、お前を」

ふっと優しく微笑む湊は、遠い昔に憧れた姿と同じだった。遥は思わず目を奪われる。

「遥が十八歳になるの、ずっとずっと待ってたんだからさ。約束、果たしに来たよ」

塞がった遥の両手を解放するべく、湊は封筒とプレゼントをいったん床に置いてやる。そしてしゃがみ込み、改めて遥の手を取った。

「愛してる。俺のお嫁さんになって下さい」

「っ………!」

指先に、ちゅっと柔らかくキスが落ちる。遥は驚きのあまり、ぱくぱくと声にならないまま口を動かしていた。

「な……なっ、に言って……」

「進学するんだから、この家は出るんだろ? だったら、俺の家においで。一緒に暮らそう?」

最初は、"ただの大人"の中のひとりだった。嘘をついてばかりで、自分のことなんて何一つわかってくれない、大嫌いな存在。
けれど、いつからだっただろう。狭い檻に閉じ込められた自分は、湊が語る外の世界に憧れるようになった。それがじきに、世界だけでなく湊にも淡い気持ちを抱くようになって。

『俺に遥をちょうだい?』

「……っぅ…、ふ……っ」

湊のそばにいたい。その思いだけで、幼い自分はつらい治療と手術に耐えて、念願の外の世界へ羽ばたいた。
しかし湊はその頃ちょうど就職を決め、以来ちっとも会えなくなってしまった。それからはたまに会ったとしても、簡単な言葉を交わすだけ。だからもう、あんな口約束なんて湊は忘れているんだと思ったのに。

「なる……っ。嫁でも、なんでもっ……」

「うん……これからは、ずっと一緒な」

約束を交わしてから何度となく夢見ていた台詞に、息が詰まったように遥の胸が苦しくなる。すっかり成長した体を抱き寄せ、湊は嬉しそうに笑った。

「今、ここにいてくれて…本当にありがとう」


***
寝る前書いてたらしく、朝起きて前回画面表示したらなんだこれって驚いた。ショタ書きたかったんだと思うよ(*´`)


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