「ん?」

インターホンが鳴り、リビングの入口に備えられたモニターを遠くから見つめる。湊がすぐに近づき、通話ボタンを押して応答した。

「はいー」

『宅急便でーす。桜井さんはいらっしゃいますか?』

その声に、思わず遥はソファから体を起こす。湊も驚いて顔を見合わせてから、ええ、と返事をした。
自分に届け物などいつぶりだろうと思いつつ、遥はエアコンの効いたリビングを出て行く。玄関の鍵とドアを開ければ、宅配でお馴染みの格好で箱を抱えて立っていた。

「あ、どうも。お荷物はこちらになります。ここにサインを……」

顔を上げた際に、帽子で見えなかった表情を窺ったが遥とさほど年の変わらなそうな青年だった。しかし遥と目が合うなり、青年はちょっと驚いた様子で頬を赤らめる。

「……?」

「あっ、すみません! ここにサインをお願いしますっ」

遥の訝しげな視線を受け、青年は慌ててペンと用紙を差し出す。しかし遥がペンを動かす間もじっと見つめてくるので、ほぼ書きなぐり、速さ重視の書き方で紙を突き出した。受け取った青年はぺこりと頭を下げ、遥に箱を渡す。その際に若干指が触れたからか、青年は耳まで真っ赤になっていた。

「あああありがとうございました! その……ま、また会えるといいですね! 失礼しますっ」

「? なんだ……?」

階段まで駆けていった姿を不審に思いながら、遥はリビングへ戻る。

「ん、どしたの? 疲れた顔して」

「また会いたい、と初対面の奴に言われた……どういう意味だ」

「そりゃあ、気に入られたってこと……って、ちょっと待て。今の人に言われたのか、まさかっ」

「……知り合いか」

「んなわけないだろ! そーじゃなくてっ、ああもう……そうやって誰にでも色気振りまかないでよー」

後ろからぎゅうと抱きつかれ、遥はいやいやと首を振った。いったん箱を下ろしたいが、湊がしっかりしがみついている。

「嫌だよ、宅配のお兄さんなんて浮気の定番じゃん! 俺がいない間に入り込まれて襲われちゃったらさぁっ」

「うるさい! ……重い。どけ」

名残惜しそうな湊を振り切り、床に段ボール箱を置く。すると湊もそちらに興味が移ったのか、宛名を覗き込んできた。

「へー、晶さんからだ」

「……ろくなものじゃない」

サインを書く前に宛名を見た時から、薄々嫌な予感がしていた。だいたい、姉が関わると厄介なことにしかならないのだ。でもさ、と湊は宛名の紙を読んでいく。

「ほら、中身は衣類って書いてあるぞ」

「服……?」

ますます顔をしかめた遥に苦笑し、湊はカッターナイフを手にガムテープの封を切っていく。箱を開くと、大きな紙袋の上にちょこんと手紙が乗っていた。

「開けてみたら?」

「……お前が読め」

この手紙の内容については、自分はさほど興味がない。湊が割と乗り気らしいので指示すれば、封を開けて便箋を取り出した。

「えーと、『遥、久しぶり! ちゃんと小宮くんと仲良くしてる?』」

「してない」

「『あ、今絶対に"してない"って思ったでしょ。』」

「う……」

見れば、湊もこっそり笑いながら遥をちらちらと窺っている。さっさと読めと促し、遥はそっぽを向いた。

「『それはさておき、今回送ったもの、見てくれたかな? 実は今付き合ってる彼氏が私に買ってきたものなんだけど、あんまり趣味じゃないからあんたにあげるわ。』なぁ、袋の中見てみたら?」

湊に言われ、遥は恐る恐る紙袋を引っ張り出す。その間も、湊は続きを音読した。

「『ま、あんたは絶対気に入らないと思うけど涼しそうだからいいんじゃない?(笑)』で? なんだった?」

紙袋をがさがさと開けた遥はしばらく言葉を失っていたが、やがて袋ごと思い切りリビングのドアに叩きつける。突然のことに湊も目を丸くした。

「ちょ、遥!?」

紙袋を拾いにいった湊をよそに、遥は携帯の数少ないアドレス帳から姉の番号を呼び出す。ものの数コールで"はいはーい"とえらく呑気な声が聞こえた瞬間、遥は低く唸るように口を開いた。

「どういうつもりだ」

『あ、届いた? かわいかったでしょ』

快活に笑う晶とは対照的に、遥はぶるぶると怒りに震えてている。紙袋を覗き込んだ湊は、思わず吹き出して床にうずくまってしまった。

「ぶっは! 晶さん全力でありがとう! ぐふ!」

『ちょっと、今小宮くんの悲鳴が聞こえたけど? 寝間着でも何でもいいから着てみなさいよ、それじゃ!』

「おい! 待っ……」

ツーツーと切れた携帯に舌打ちをし、遥は足の下の湊を見下ろす。

「お前は喜ぶな」

「えー、せっかくだから着てよ、なぁ」

うつ伏せのまま、床に転がった紙袋から問題の品を取り出す。それは夏仕様の、ひらひらした薄手のワンピースであった。はためく裾がなんとも涼しげだ。普段、スーツ以外でめったにスカートを着たがらない晶なら嫌がっても仕方ない。

「だからって……」

そこでどうして、自分に送ろうと思ったのか。確かに晶は女性としてはなかなか身長が高く、ヒールの靴を履けば遥と並んでも差はない。けれど、まずもって性別が違うのは明らかな理由で。

「わー、かわいい。涼しそうだし、いいじゃん」

「やめろ…」

いつの間にか足の下から脱出し、湊はワンピースを遥の体にあてる。いかにも女の子というその格好が恥ずかしくて、遥はぐいぐいと湊を押しやった。

「だめ? こんな格好で遥が待っててくれるなら、俺すっ飛んで家に帰るよ」

(すっ…飛んで……)

湊はバイトのシフトが終わっても、事務処理や掃除をついつい手伝ってしまうことが多い。それからスーパーに長時間入り浸ったり図書館に寄ったり、夜はなかなか帰ってこない日もある。これを着さえすれば、それらをすっぱりやめて自分のもとに帰ってきてくれると言うのだ。遥は悩んだ。いや、悩む間もなく答えは決まっていたのだが、すんなり了承するのは嫌だった。

「や…約束……」

「するよ」

「……」

無言で湊の手からワンピースを奪い、遥はリビングを出て行く。しばらくして、こっそりとドアから赤い顔だけを覗かせた。

「おいで」

優しい声に促され、遥はおずおずとドアの陰から姿を見せる。淡いピンクのワンピースは膝が覗くくらいの丈で、ふんわりしたフリルがかわいらしい。湊もつい頬が緩んでしまう。

「晶さんに感謝だな。かわいいよ」

手を引かれてソファに座るのかと思いきや、先に腰掛けた湊がにっこり笑って太腿あたりを叩く。羞恥にそっと頬を赤らめ、遥は横向きで湊の上に座った。すぐに腕が絡みついてくる。

「遥は色が白いから、ピンク似合うよな」

平坦な胸にすりすりと頬摺りされ、遥は軽く湊を叩いてやる。そしてその手で、湊の頭を抱え込むようにした。

「本当に……早く帰って…くるんだろうな」

「もちろん」

即答にほっとしたのは見抜かれたくない。と言ったって、もうお見通しなのだろうが。


数日後。
またもや届いた包みに、湊が歓喜したのは言うまでもない。

「ねっ遥、今度はバニー服だって! うさぎだようさぎハァハァ」

「しね!」


***
バニーハァハァ(*´Д`)
晶は昔から、遥にスカート着せて楽しんでたとか。
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