・鼻血垂らす湊でよければ 「起きろ。いつまで寝てる気だ」 「ん……」 穏やかな微睡みの中、体を揺らされて俺は薄目を開ける。もう朝か。今日は珍しく遥のほうが早起きなんだな、いつもは俺が先に起きるのに。 欠伸をかみ殺して、目を擦りつつ体を起こす。ぱちりと目をしっかり開けた俺は、思わず鼻血を吹き出した。残念ながら比喩ではない。 「ちょっ……その、格好!」 慌ててティッシュで血を拭い、シーツに垂らさないようにする。しかし目はしっかりと遥を凝視していた。 「変なのか……」 服をつまみ、遥はしゅんと肩を落とす。もぎれそうなくらい首を横に振って俺は叫んだ。 「いやいやっ、全然! むしろいいよ、最高だよ!」 それはそうだろう。遥が真っ先に嫌がりそうな、フリフリの白いエプロンを纏っているのだから。襞の多い裾はハーフパンツを覆って、白い生脚がにゅっと突き出ている。上もタンクトップあたりなら見事に隠しきれただろうけど、文句は言うまい。フリルエプロンに変わりはないんだ。 俺がべた褒めしたせいか、遥は恥ずかしそうに背を向ける。後ろは背中で紐がクロスして、腰に大きめのリボンが結ってある。何なんだこれ、襲いたい。 「お前が……喜ぶかと、思って…」 恥ずかしくても着てくれたのは、やっぱり俺のためらしい。体の至る場所がキュンとする。 「かわいいよハァハァ」 あっいかん、思わず荒い息になってしまった。ごまかすように咳払いをして、俺はベッドを下りた。 「凄くかわいい。今すぐベッドでぺろぺろしゲフンっ、ちゅーしたいな」 なんかもうめちゃくちゃだ。文学部として、こんな語彙しか出てこないってどうなんだろう。遥はうつむいていた顔を俺のほうに向けて、爪先立ちになった。 ちゅっ。 頬に触れた感触に、頭の中がスパークした。えっえっ、今のなに。俺がちゅーしたいって言ったから? 遥はすぐにリビングのほうへ駆け出したけど、ちょっと振り返って小声を放った。 「ぁ……朝、ご飯……冷める、から」 朝ご飯。ああうん、お前な、お前のことな。 鏡で自分の顔見たら、思いのほか目が据わってて焦った。落ち着け俺、それは夜食だ。遥が言ってるのは、朝ご飯。 エプロンしてるってことは、もしかしてお手製だろうか。俺は簡単に身支度を整えてリビングに向かった。 「んー、いい匂い」 ドアを開ければ、淹れたてのコーヒーの香りが漂ってくる。食卓にはトーストとスクランブルエッグ、蒸し野菜のサラダにフルーツヨーグルト。うん、典型的な洋食のメニューだ。 「ん…」 「あ、ありがと」 カップを受け取ってコーヒーを覗くと、俺がいつも飲むように牛乳が入っている。ちゃんと覚えててくれたんだなぁ、なんて嬉しくなった。 「頂きます」 手を合わせると、遥がこくりと頭を縦に振る。シリコンスチーマーで作ったらしい温野菜をつまみながら、軽く焦げ目のついたトーストをかじった。遥が作ったんだと思うと何でもおいしい。 「それ……」 「ん、スクランブルエッグ?」 遥も小さな口で蒸し鶏を食べ、箸で卵を指す。ちなみに、遥は洋食の時でも箸を使うことが多い。 「ほんとは……目玉焼き、にするつもり…だった」 「そうなのか?」 若干焦げてはいるけれど、とろっとしていておいしいと思う。遥は落ち込んだ様子で頷いた。 「卵割ったら、黄身まで割れて……」 ああ、なるほど。それでスクランブルエッグにしたのか。というか、なんてかわいい言い訳なんだ。そんなドジを惰眠で見過ごした俺が心底憎い。 「いいよ、こっちもおいしいからさ」 そう言って笑えば、遥もようやく顔を上げる。ほっと息をつき、遥はヨーグルトに手を伸ばした。ブルガリアかなんかのプレーンヨーグルトに、ミックスフルーツの缶詰を混ぜたもの。スプーンですくって食べる遥を見ているうちに、なんだか妙な気分になってきた。 だってほら、遥がおいしそうにどろどろした白いヨーグルトを食べてるんだ。もっかい言う、どろど(ry 「遥……それおいしい?」 敢えてヨーグルトとは言わずに訊いてみる。 「? ん……」 ヨーグルトなんて初めて食べるものでもないのに、どうしてわざわざ味を訊きたがるのか。おそらくそんな思いで遥は首を傾げ、またヨーグルトを食べ始めた。 ムラムラする気持ちがやっと断ち切れたと思ったのに、朝食後の俺はカーペットに寝転んでいた。何故って。 「うー、いたたた……」 肩から背中のあたりが引きつってるみたいに痛む。そうだ、とふと思い立った。 昨日はバイト先でかなり重い荷物を運ばされて、挙げ句ルシにまでこき使われた。薄い本が詰まった段ボールをサークル棟まで運べ、って。 「筋肉痛か。珍しい」 「うん。あ……片づけ任せてごめんな」 朝食は遥が作ってくれたんだから、後片づけは俺がこなして然りだろうに。遥は気にした様子もなく、俺の服をぐいぐいと引っ張ってきた。 「え、なに?」 仰向けだった体をうつ伏せにされて、俺は頭だけ捻って尋ねる。けど遥の姿はもうそこにはなく、代わりに腰へずしりと重みが乗った。……んん? 「ちょっ、待て待て!」 本日二度目の鼻血。手近なティッシュでごしごししながら、俺は慌てた声を上げる。 「うるさい。おとなしくしろ」 してられるか。 ああ、遥は何してくれてるんだ。小さなお尻をちょこんと俺の腰に乗せて、跨るようにして背中を押している。今日まで、マッサージがこんなに卑猥なものだとは思わなかった。 「んっ、ん……」 両手で背中を押す時に、力を込めるおかげで遥の口から声が漏れる。それがなんともエロい。しかもその度に体が前後に揺れて、俺のわき腹あたりに柔らかい太腿が擦りつけられた。 「気持ち……んっ、よくない…のか」 「気持ちいいです!」 ぶっちゃけ力が弱くて肩とか背中は痛いままなんだけど、あらぬ場所が夢と希望で膨らんでる。誰か助けて。いや、やっぱ助けないで。 遥はきっと、純粋な気持ちで奉仕してくれてるんだろう。なのに俺ときたら、さっきから淫らな妄想しかしていない。でも仕方ないじゃないか。好きでたまらない子にここまで尽くしてもらえるなら、少々自惚れるのが当たり前だ。 「んん……かたい…」 肩だよ、肩のことだよ! と自分でフォローしておきながらも、やっぱりみなぎる下半身。ああ、どうしよう。 あれ、急に意識が────。 「───っていう夢を見たんだ」 自己嫌悪に浸りながら頭を抱えた俺をよそに、ルシは床を叩いてひぃひぃ笑ってる。夏風は激昂、守山に至ってはクズを見るような目を向けてきた。くそう、お前なんてむっつりのくせに。 「あっはっは、イタいわー! その年で朝に下着洗うとかうけるぅぅ!」 「貴様ぁ! うらやまゲフンっ、けしからん奴め!」 「……今日から、俺の半径二メートル以内に寄らないでくれるか」 *** 夢オチなら何でもしていいんだよ! でもちゃんとしたエプロンネタはいつか書きたいです(´∀`*) ↑main ×
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