・湊視点

その日はたまたま俺のバイトが休みで、次も休日だった。そして何より春休み中。これはチャンスに違いない。何のって訊くなよ、最近ご無沙汰なんだから。

「ほら。揚げたてのほうがおいしいぞ」

皿に盛られた鶏肉の唐揚げは今揚げたばかり。こたつに脚をつっこんで待つ遥の前に、五百グラムはあるだろう山盛りの唐揚げを置く。あほ毛のアンテナがぴょこりと立った。たいがいそれで機嫌がわかる。

長期休暇は稼ぎ時だと思って、最近は夜や深夜シフトも入れていたから一緒に夕飯を食べるのもちょっと久しぶりだ。心なしか、遥も嬉しそうに唐揚げを──いや俺を見ている。俺だよ俺。

「大根も旬終わっちゃったから、固かったらごめんな」

煮物の器を運びつつそんなことを話す。キッチンまで戻って、俺は冷蔵庫からとあるものを持ち出した。

「今日と明日はゆっくりできるだろ? ほら、これ」

夕飯の材料ついでに買ってきた、いくつかの缶ビールや酎ハイ、日本酒。遥は顔を上げた。

「そんなに飲むのか」

「ん、これくらいなら俺は平気。遥はちょっとずつな。こっちは結構弱いやつだから」

名付けて、遥をぐだぐだに甘えさせてベッドに連れ込んじゃおう作戦。俺の念願、そしてルシと読者様からの期待がひしひしと伝わってくる。そうだろうとも。
以前、遥が酔っ払った時はそれはそれはかわいかった。初の飲酒体験ってこともあったんだろうけど、俺に怒ったかと思えばすぐ泣いて、その後はべったり甘えて。自分からキスしてくれたのも初めてで、また酔ってくれないかな、と密かに思っていた。

「さてと、とりあえず飲もうか。ご飯は後でいいよな」

遥に箸を渡して、俺はさっそく缶ビールを開ける。酒に詳しくない遥は、どれを飲むか迷っているようだ。

「これは? 三パーセントだし、ジュースっぽいよ」

ほろよい、と書かれた桃色の缶を勧めてみる。たぶん炭酸の桃ジュースの味がするのだろう。遥は頷いてプルタブを開ける。コップの半分まで注ぎ、唐揚げを食べながら飲み始めた。

(かわいいなぁ……)

コップに入った分を飲み終えた頃には、目元がほんのりと赤くなっていた。大根と厚揚げの煮物をつまみ、遥はバラエティ番組を見ている。しかしコップが軽いことに気づくと、桃色の缶に手を伸ばした。


「いいよ、俺やるから」

缶は俺に近いところにある。残りをコップに注いでやれば、遥はすぐに口をつけた。甘いものはあまり好かないはずだけど、炭酸も入っているから飲みやすいらしい。
とはいえ以前酔ったのはルシが頼んだ酎ハイ、しかもコップ一杯。アルコール度数はこっちのほうが低いだろうが、遥が酒に弱いことに変わりはない。ぐいぐい飲ませて、倒れでもしたら大変な騒ぎになる。ペースを管理しつつ、いい感じに理性を解き放ってやらなければ。
そのために、ちょいちょい探りを入れていく。

「なぁ、唐揚げどう? 生姜多めに入れちゃったかなって思ったんだけど、おいしい?」

ここで普段の反応を振り返ろう。遥はまず"おいしい"とは言わない。俺の味を褒めることが癪なのか恥ずかしいのかはわからないけど、とりあえず黙る。それからこっちをちらっと見て、仏頂面で頷く。が、酔っていれば、多少は違うリアクションを返すと思うんだ。

「ん……」

咀嚼した鶏肉をこくんと飲み込んで、遥はちょっと困っている。俺の顔色を窺う。ここまではいつもと同じ。

「おいし……っあ、まぁまぁ……だ」

慌てて言い直したけど、確かにおいしいって単語が聞こえた。まだ本格的に酔ってはいないけど、たぶんもうそろそろだな。

「そう? よかった。あ、これ美味いからちょっと飲んでみたら?」

さり気なく、あまり辛口でないビールを勧めてみる。これは度数が約六パーセント。おそらく、ルシがあの時飲んでいた酎ハイと同等だ。
遥は舌先で泡を舐めて、微妙に顔をしかめる。そして恐る恐るコップに口をつけ、金色の液体を一口飲んだ。



「だからぁ……、おまえが前にもらった手紙、むかつく……っ」

「ええ? どんなのだっけ」

お湯割りをのんびり飲みながら、しなだれかかってくる遥を腕に抱く。俺はこんなに幸せでいいんだろうか。明日の死亡フラグじゃないだろうか。
わざとらしく尋ねてみると、遥は唇をつんと尖らせた。

「覚えてるくせに……すきとか付き合って下さいとか、水色の紙の、むかつくやつ…」

「遥、さっきから"むかつく"しか言ってない」

くすくす笑ってみれば、遥が左腕をぎゅっと抱え込んでくる。肩に頬をあてて、とろんとした目をこっちに向けた。

「だってむかつく……」

独り言のように放たれた小声は思いのほか艶っぽくて、俺のほうがどきりとしてしまう。

「……何でむかつくの?」

赤い頬を手で包んで、遥の顔を上向かせる。いつもなら恥ずかしさ故にそっぽを向かれてしまうけど、今日はそんなことない。少々潤んだ瞳が俺を見上げてきた。

「おまえが……女のとこに、行くかもしれないからぁ…」

「ちょ……っ」

そんなうるうるした目でかわいいこと言われたら、俺の理性までついでに飛ばされそうだ。急いで落ち着きを取り戻してから、ゆっくりと遥を抱きしめた。

「そんなことないって。どんな女の子から告白されても俺は好きにならないし、なれないよ。遥と一緒にいたいから、こうやって暮らしてるんだろ?」

「ぅ……」

何だ、この潤んだ上目攻撃は。もっと近くで見たくなって、遥の眼鏡をそっと外す。

「おまえ、うわきしたら……」

「うん?」

浮気ねぇ。する気もされる気もないけど、遥にとっての浮気は結構きつい範囲だからな。女の子と握手するとか、楽しそうにお話とかも怒られる。でもまぁ、俺はそれが嬉しかったりするんだけどさ。

「したら……ば、罰だ」

「どういう罰?」

遥はぺたりと俺の胸にもたれる。アルコールがまわっている体は常より少し熱い。

「ず……ずっと、俺からはなれないばつ……」

何そのご褒美。
くっついた体をもっともっと密着させようと、遥の背に手をまわす。

「遥……かわいすぎ」

「んん…?」

いつもはツンツンしてばかりだけど、やっぱりこっちが本心なんだろうか。まさか遥の口からこんな言葉が聞けると思わなくて、つい顔が緩んだ。
この素直な遥に何をお願いしてみようか。邪な思いがむくむく沸き起こる。

「ね、前みたいに…遥がちゅーして?」

遥はぱちりと瞬きをして、恥ずかしそうに首を横へ振った。あれ、今日はだめなのか。みなとといっぱいあそぶ、って前はキスしてくれたんだけどな。

「そっかぁ…」

以前より酒に免疫がついたおかげで、まだ僅かに理性が残っているのかもしれない。期待してたからちょっと残念だ。
俺が肩を落としたのを見てか、くいくいと遥は服を引っ張ってきた。

「ん? どうかした?」

この遥だったら、ごめん、と素直に謝りそうなものだ。いや、俺の我が侭だから気に病むことはないんだけど。

「…るより……」

「ん、ごめん。ちょっと聞こえない」

よっぽど恥ずかしいことなのか、下を向いてぼそぼそ喋ってる。促すと、遥は少し声を大きくした。

「そういうの……、するより…されたい、から……っ」

されたい、だと。

「遥あああ!」

理性の糸がぷつんと切れた俺は、遥を猛然とソファに押し倒す。何、このかわいい生き物。俺の心(と下半身)がきゅんきゅんしてる。
されたいと言うならば、俺が熱く優しくキスしてあげようじゃないか。遥の顔の横に両手をつくと、

「む……」

遥は目を閉じてぐっすり寝ていた。仰向けだけど、丸めた手を口にあててちゅうちゅうしながら。もしかして夢の中で俺とキスしてるのか。

「えええ……どうするよこれ」

せっかく臨戦態勢に入ったのに、まさかここで寝ちゃうなんて。まぁ、普段は聞けないかわいい本音を知れただけでもいいかな。
うっとりした顔の遥を抱き上げて、俺は寝室へ向かった。


***
次こそは、きっと、ね←


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