「あ、やっと来たか。相変わらず焦らすよな」

湯を張った浴槽から湯気がもわもわと立ち上り、湊の姿をぼんやりと映す。しかも今の遥は視界が極端にぼやけている状態で、それはある意味ではよかったかもしれない。
言葉を発する間もなく、椅子に腰を落とされる。熱めのシャワーが背中を掠め、遥は小さく悲鳴を上げた。

「あっ、ごめんごめん。遥はぬるめが好きなんだよな」

湊が急いでシャワーの温度を下げ、ほどよい熱さの湯が背中や肩に降り注ぐ。リビングは暖かかったが、それでも冷えていた体にはシャワーが心地よい。

「髪洗うから、目閉じてて?」

「そ、それくらい自分でやるっ」

以前に湊と入浴した際も徹底的に甘やかされ、遥はただ座っているだけだった。しかし内心では必死に羞恥をこらえていたので、今回はそんな目には遭いたくない。なのに湊はにっこり笑って却下した。

「だめ。いいから俺に洗わせて。自分以外に洗ってもらうほうが気持ちいいから」

"気持ちいい"の単語に不純な意図を感じ取ったのは気のせいだろうか。だが反論する前に後頭部へシャワーの飛沫が散り、遥は言葉を引っ込めた。
実際、髪を洗ってもらうのは嫌いではない。もちろん湊にというのが前提の話だが、頭皮から髪の先まで優しくマッサージするような洗い方は自分にはできないと思う。

「上向いて、目つむってて」

瞳を閉じると、頭のてっぺんから湯が滴り落ちていく。遥の額や耳に湯が跳ねないように、もう片方の手で壁を作りながら湊は髪を濡らしていく。くせのついた髪はぺしゃんとおとなしくなった。
泡立てたシャンプーが乗せられ、しゃかしゃかと髪を洗われる。久しぶりだからか余計に気持ちよくて、ついうっとりとしてしまった。それが表情に出ていたのだろうか。

「俺、洗うの上手いだろ? 昔ずいぶんやってあげてたからさ。あー、あいつ元気かな」

「だ、誰にっ……」

こんなふうに優しく髪を洗ってあげた相手が自分の他にいるなんて。遥は思わず目を見開いた。

「へ? 優太だけど」

「あ………」

優太というのは、年の離れた湊の弟だ。湊はもちろん、遥にもかなり懐いている。
嫉妬心をむき出しにしたことが恥ずかしくて、遥はきつく目を閉じ、早とちりした自分を恨む。湊は嬉しそうに微笑んだ。

「誰だと思ったんだよ。こんなことするの、優太と遥だけだぞ」

「うるさい……」

誤解するような台詞を言った湊が悪い。心の中で責任転嫁すると、不意にぴくりと肩が跳ねる。遥ははっとした。
自分はどうも、湊が言うとおり良くも悪くも敏感体質らしい。味覚や聴覚が優れているのは良いことだが、ほんの少しくすぐられただけでも過敏に反応してしまい、それが日々の情事にも見事に反映されている。だから湊は様々な悪戯をしかけてくるのだ。
今も、湊の指が耳の周りの皮膚をなぞっただけで体が無意識に震えてしまった。一度それを自覚するとどんどん歯止めがきかなくなる。

「っ、ん……」

次はうなじの近く。湊だってわざとやっているのではなく、あくまで髪を洗っているだけだ。なのに自分が勝手にそれを感じ取ってしまうのが嫌で、遥はぎゅっと手を握りしめてこらえた。

「流すよー」

ようやく聞けた言葉にほっとする。ぬるい湯が泡と共に流れ落ち、しばらく流したところでコンディショナーを毛先に付けられる。再度流せば洗髪は完了だ。
しかし安心したのも束の間、遥にはまだまだ試練が残されていた。

「じゃ、次は体洗おっか」

一転、今度は甘く低い声が耳元で放たれる。慌てて振り返ったが、湊はさっきと変わらずにこにこしていた。気のせいか、と遥はそっと息をついた。

「そういえば俺さぁ、さっき間違えて遥ので体洗っちゃった」

「はぁ!?」

遥の、とは、体を洗うためのナイロンタオルを指している。湊は青、遥は黄色と分けられているはずなのに、湊はわざとらしく謝ってきた。

「ごめん、紛らわしくてさ。てへぺろっ」

「気持ち悪い! だいたい、紛らわしくなんてないだろっ」

色の識別もできないような視力なら納得するが、両目共に健全でありながら間違えるなどあり得ない。というかあれか、好きな子の縦笛をこっそり吹くとかそういう類のことか。遥は怒りを通り越して呆れていた。

「まぁまぁ、だからこうして謝ってんじゃん。で? これ使う?」

「五回以上洗濯してから使う」

もともと洗濯に適した用品ではないだろうが、そうでもしないと使う気にはなれない。

(ち、違う。他人の使ったものに触りたくないだけだ。別に……ふ、不純な気持ちになりそうとかそんなんじゃ……)

などと内心どぎまぎする遥をよそに、じゃあさ、と湊が青いほうを摘み上げる。

「むしろ俺の使う?」

「何でそうなる!」

だめだこいつ。何をどうすれば、お互いのタオルを交換することになるのだろう。頭を抱えた遥を見つめ、湊はゆっくりと笑みを深くした。

「遥って乾燥肌だよな?」

冬になると、遥の肌は温められただけでかゆみが出る。かきむしると赤みが増し、ひどい時は血が滲む。湊に言われて背中やわき腹に薬を塗り込んではいるが、乾燥がつらい時期はやはり治りが遅い。
それがどうしたと言わんばかりに遥がむっとすれば、湊はそっと後ろから抱きしめてくる。肌と肌がぴたりと触れ合い、どきりと遥の心臓が跳ねた。

「この前テレビでやってた。乾燥肌は、こういうざらざらしたやつでごしごし洗っちゃだめなんだって」

だから、と。
耳元で囁かれた声は、いつもならベッドで聞くものだった。

「手で優しーく洗うのがいいって」

「何言って……んっ」

ボディソープをいくらか取った手が、胸にぺたりと這わされる。もう片方の手は、背中にゆっくりと塗り広げていった。

「やっ、やめ……っん」

背中の手は脇の下を通り、片方の手と一緒にぺたぺたと胸元を這い回る。

「何なら、遥が自分で手で洗うとこ見せてくれる? んー、なかなかそそられる絵だな」

「ばっ…か、そんなのするわけ……あ…っ」

否定もそこそこに、甘い声が喉から押し出される。湊はくすりと笑い、平たい胸を両手で満遍なく揉んできた。遥の耳が羞恥で赤く染まる。

「やっ……ん、それっ…あらって、ないだろ……っ」

「あれ、そんなに洗ってほしい?」

新たな悪戯を思いついたと言うように、湊は楽しげな口調で問い返す。遥は慌てて首を振ったが、目の前の据え膳を湊がスルーするわけなかった。

「遥のここ、洗ってほしくてこうなっちゃったの?」

「あっ、んぁ……っ」

ふるふると期待していた乳首を両方いっぺんに摘まれ、ひくりと腰が動いてしまう。つんと尖ったそこを潰すようにこねられたり、すりすりと立たせるように擦られたり、両方とも違う触れ方で責められ、下肢が早くも芯を持ち始めた。


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