「お決まりですか?」

「ほぇ! ご、ごめんなさい、まだですっ」

慌てるかりんに店員は気を悪くした様子もなく、お決まりでしたらお呼び下さい、と笑って厨房のほうに戻っていく。かりんはほっと安堵し、店内に設けられた椅子に腰掛けたままの凌也を振り返った。

「先輩もごめんなさい。早く決めますね」

申し訳なさそうに告げられた言葉に、凌也は緩く首を振る。

「別に焦らなくていい。ゆっくり選べ」

「は、はいっ」

するとまたショーウィンドウを覗き込み、かりんはううんと悩み始めた。


今日、12月14日はかりんの誕生日である。早くに両親を亡くしたかりんは、伯母と凌也に祝ってもらうのが毎年の楽しみだった。
しかし大学はまだ冬休みに入っておらず、伯母の家に帰るわけにはいかない。その代わり、今朝アパートの部屋に小包が送られてきた。風邪なんか引かないように、という短い手紙と一緒に暖かそうなコートが入っており、今はありがたく身につけている。
凌也はというともちろん誕生日を覚えていてくれたようで、好きなだけケーキを買ってやる、と大学近くのケーキ屋にかりんを連れてきた。甘いものが大好きなかりんだが自分の食べる量は把握しているため、好きなだけという言葉にはちょっぴり遠慮したくなった。だがせっかく凌也からプレゼントをもらえるのだから、と今日だけは甘えることにしたのだ。それまではよかったのだが。

「うーん……ヘーゼルナッツ……あっ、ミルクレープ…」

今まで決して貧しい暮らしをしていたわけではないが、一人で暮らしてからは節約意識が高まったのでケーキを食べることもかなり久しぶりだ。好きなだけ、というのには心躍るものの、ショーウィンドウに飾ってあるケーキはどれもおいしそうで目移りしてしまう。ケーキ屋を訪れてから20分が経つのに、どれにするかはまだ決めきれていない。

「フランボワーズ……こっちは…あ、ブルーベリーもっ」

かりんの様子を眺めていた凌也が、ぷっと不意に小さく吹き出す。端から見れば何とも子供っぽい行動だったと気づき、かりんは頬を赤くした。

「す、すみません……」

込み上げる羞恥に、コートの生地をぎゅうと掴む。

「どれも、おいしそうだなって思って……」

「そうか。……そういえばお前、明日は空いてるのか?」

ふと思い出したように凌也から尋ねられ、かりんは首を捻る。

「は、はい。大丈夫ですけど…」

今日が金曜なので明日は土曜だ。大学は休みであるし、特に予定もない。凌也は頷いた。

「小宮と成島が、お前の誕生日会をしたいと言っていた」

「ほ、ほんとですかっ? え、あ、それで、明日…」

確かに、以前は佳奈子の誕生日会も開いた覚えがある。湊と遥のアパートに集まり、主に湊とかりんがいつもより豪華な料理を作って祝うのだ。自分まで祝ってもらえるなんて、とかりんは驚くばかりだ。

「言い出したのは成島だが日付を指定したのは小宮だ」

「日付………あ」

そういえば、佳奈子の誕生日会は誕生日当日に行った。それに倣うなら、今日招待を受けてもいいはずなのだ。何故わざわざ明日に繰り越したのだろう。休日だから?とかりんが考えていると、ぬっと視界に携帯画面が現れる。

「これが送られてきたからな」

凌也は自らの携帯をかりんに差し出す。それは湊からのメールであり、また答えでもあった。

『誕生日当日くらいは二人きりがいいだろ? ってことで集まるのは15日にするから、かりんくんにも言っておいて^^』

「あ、な、なるほど……」

要は自分と凌也に気を遣ってくれたのだ。先程よりもかりんの頬が火照っていた。凌也は相変わらず、照れた様子など微塵もない。椅子から腰を上げ、ケーキが並ぶショーウィンドウを覗き込んだ。

「お前は何のケーキがいいんだ。あ……まぁ、全部か。どういう要素があれば好きなんだ?」

「えっと、フルーツがあって……それからクリームとチョコもあって…あ、タルトもあって、チーズ系もいいかなって」

「すると……ほぼ全部だな」

「あわわ!」

だから迷うのか、と凌也は静かに納得する。そして即座に店員を呼ぶベルを鳴らした。

「えっ、まだ決まってないですよっ」

ぴょんぴょんと跳ねて制止の声をかけるが、凌也は軽く頷いただけだ。はい只今、と奥の厨房からキャップを被り直した店員がやって来た。

「何に致しますか?」

どうするつもりなのか、とかりんは店員と凌也を交互に見つめる。凌也は少しの逡巡の後、とりあえず、と五千円札をトレイに置いて言った。

「全種類、一つずつで」

一拍置いて、

「はいい!?」

と裏返ったかりんの声が店に響く。かしこまりました、と店員はにっこり笑い、白い箱にケーキを収めていった。

「な、何言ってるんですかっ! こんなに食べきれませんよっ!」

「選べないなら全部買えばいいだろう。俺も食べるから問題ない」

あっさり言い返され、かりんは落ち着かない様子で店員の動作を見つめている。ショーウィンドウの陰から二つめの白い箱が現れた。
ちゃんと決めればよかった、と優柔不断な自分を呪うかりんをよそに、店員はケーキを詰めながら凌也に話しかける。

「仲がよろしいんですね。こんなにケーキを買ってあげるなんて」

「あぁ、はい」

(先輩……そこは謙虚になるところです…)

どこまでもマイペースな恋人を見上げ、かりんは嬉しさと申し訳なさが入り混じった気持ちを抱えながらそう思った。



「僕……二箱もケーキ買ったの初めてです…」

ケーキ屋のロゴがプリントされた袋を一つ持ち、かりんがしみじみと告げる。しみじみ、という割には少々冷や汗が滲んでいたが。

「そうか。俺もだ」

「……ですよね」

店員が自分たちの会話を全く聞かなかったら、どんな大家族のために買っていくのかと思われただろう。ケーキの大人買いはいつかやってみたいと考えていたけれど、まさか本物の大人がやってのける様をこの目で見ることになるとは。

「嬉しくなかったか?」

かりんの浮かない顔を見てか、凌也が立ち止まって尋ねてくる。かりんはぶんぶんと首を振った。

「そんなことないです! 嬉しいですよ、もちろん! ただ、こんなにいっぱいもらっちゃって……どうやって先輩に返したらいいのかなって…」

しゅんと下を向けば、頭にそっと凌也の手が乗る。と、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられた。

「小宮じゃないが……見返りがほしくてこんなことをしたわけじゃない。誕生日くらい甘えたっていいだろう。そのほうが買った甲斐がある」

「あ……」

凌也はきっと、自分の喜ぶ顔が見たかっただけなのだ。たくさんのケーキに囲まれて、どれから食べましょうか、なんて笑う自分を。

「あ、ありがとうございます。帰ったら……一緒に食べましょうね」

そう言うと、凌也は小さく笑って髪を撫でてくれる。

「まだ言ってなかったな。……誕生日おめでとう」

かりんはいくらか瞬きをした後、ふんわりと花が咲くように笑う。今、こうして大好きな恋人の隣に立つ幸せを、きっと空の上で見守っているだろう両親に感謝した。


(お父さん、お母さん)
(僕は、今日も幸せです)


***
かりん誕に拍手して下さった方がいらっしゃったので勢いで書きました(´∀`)
一日遅れましたがおめでとうかりん


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