「……そうだ」

「嘘つけぇぇ! その間は何だ! いきなり真面目くさった顔しやがってぇぇ!」

はあぁ、と陽向は深くため息をつく。凌也はキッチンに赴き、湯を沸かしてかりんに尋ねた。

「ココアでいいのか?」

「あっ、はい!」

「陽向は?」

「うわああ名前呼ぶなぁぁ!」

ぷつぷつと鳥肌の立った腕を手で擦り、陽向はかりんのほうに身を寄せる。ココア嫌いだっけ?とかりんは首を傾げた。

「好きだよ好きだって! でも何でこいつに名前呼ばれなきゃならねんだよぉぉ」

かりんにしがみついてぐすんぐすんと泣き声を漏らす陽向のそばに、凌也はココアの入ったカップを置く。ちらりとココアを見てから、陽向は恐る恐る口をつけた。ほわり、とまろやかな甘さが口に広がり、思わず安堵してしまう。かりんもゆっくりと頷いた。

「えへ、甘くておいしいです。ね、陽向くん。先輩、ココア作るのとっても上手なんだよ」

「うっうるせぇ! 作るったって所詮インスタントだろーが! ったく……まぁ…うまいけど」

呟きに反応してすかさず伸びた凌也の手をかいくぐり、陽向はむっとした顔で凌也に指を突きつけた。

「ちょっとだけだかんな! かりんとココアに免じてお前のこと認めてやる……ってだから嬉しそうにすんじゃねぇぇ!」



「先輩、ありがとうございます。陽向くんにもご馳走してもらって」

「お前の友達だからな」

ホットケーキとココアを心ゆくまで堪能した後、陽向はこっそりとリビングを抜け出して行った。おそらくトイレだろう。残った凌也とかりんは後片付けをしていた。

でも、とかりんは少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

「僕、ちょっと心配だったんです。陽向くんはかわいいから、先輩が……もし、好きになっちゃったらどうしようって。僕、ひどいですよね。陽向くんにも先輩にも謝らなきゃ……」

凌也が洗った食器類を布巾で拭いて棚に戻しながら、かりんはしゅんと下を向いた。と、凌也の手が髪に伸びる。

「確かに…かわいいと思うものはたくさんある。陽向だってかわいいが」

優しく髪を梳いた手が、するりとかりんの頬に滑った。

「好き、になるのはお前だけだ。昔からそう決めてある」

「先輩……」

凌也がそっと屈むと、かりんは自然と目を閉じる。唇が届きそうな距離まで近づいた時、ぱこんっ、と軽い音がして凌也は頭を押さえた。

「てめぇこら! かりんに何してやがんだよ! きゃんっ」

「先輩! あっ、陽向くんも大丈夫っ?」

凌也の頭に投げつけられたのはティッシュ箱だった。しかし床に落ちたそれを踏みつけたせいで、陽向も前方に転んでしまう。

「こ、こんくらい平気だし! つーかそろそろ俺帰る!」

「あ、そうだね。僕もそろそろ帰ります」

照れくささをごまかすように、かりんはそそくさと荷物を取りに行く。凌也は潰れたティッシュ箱をリビングに戻し、陽向へ向き直った。

「何だよ? 俺もう帰るぜ。下宿のおばさんが今日の夕飯はカレーっつってたしな。それにかりんも一緒に帰るんだ、泊まらせてなんかやらねーぞ」

「そうか、泊まり……」

「いいい今のなし! 何でもねーから!」

また新たなことを考え始めた凌也を陽向が慌てて止める。くすりと凌也は笑った。

「冗談だ」

「冗談に聞こえねぇぇ!」

「陽向」

即座に陽向は顔をしかめたが、ああ?と嫌そうながらも返事をした。

「かりんのこと、よろしく頼む」

陽向はぱちぱちと目を瞬かせ、当たり前だろ、と唇を尖らせる。ぼすっ、と凌也のわき腹あたりに拳をぶつけた。

「お前なんかに言われなくたってわかってるっての。あいつぽやぽやしてるから心配なんだろ。俺に任せて、ショタコン野郎は黙っておやつでも作ってろよ」

「……ああ。そうだな」

そんなことを口にし合っていると、荷物を手にしたかりんがぱたぱたと廊下に駆けてきた。

「お待たせ、陽向くん。ほぇ、先輩と仲良くなったんだねっ」

「んなわけねーだろぉぉ! どこをどう見りゃそうなるんだっ! ったく、さっさと帰ろーぜ」

ずんずんと玄関まで闊歩していく陽向に、凌也とかりんは顔を見合わせて笑う。早くしろ!と怒鳴った陽向の顔が少し赤かった。

靴を履き終えたかりんは、それじゃ、と凌也に軽く頭を下げる。

「ああ。また明日」

すると陽向も仏頂面ながらに別れを告げた。

「もー来てやんねーからな」

「そうか。残念だ」

「ほんとに残念そうだなおいぃ!」

これだからショタコンは、などとぶつぶつ言い、陽向は乱暴にドアを開ける。その後にかりんが続いた。

「じゃあ、お邪魔しました。ご馳走様です」

「気をつけて帰れよ」

最後にと、凌也がかりんの髪を優しく撫でる。それを見ていた陽向がちぇっとそっぽを向いた。

「ちょ、うわわっ!」

凌也のもう片方の手がにゅっと伸び、ぐりぐりと髪を撫でつける。やめろよっ、と陽向はかぶりを振るが拒否ではなさそうだ。

「お前も気をつけて。またかりんと一緒に来た時は、ドーナツでも作っておく」

「ふ、ふんっ! 食い物につられてショタコン野郎の家なんか来るかよ!」

行こーぜ!と陽向はかりんの手を掴み、アパートの廊下を進んでいく。かりんは慌てて凌也を振り返り、手を振った。


「なんかさ」

「うん?」

「……お前があいつに惚れんの、ちょっとだけわかったような気がする」

「……えへへ」

だって、僕の自慢の恋人だもの。


***
凌也はショタコンじゃないんです。大事なことなので二回目。

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