・凌也はショタコンではありません。ありませんよ。


ある日の放課後のこと。
今日は四限が終わり次第行くとかりんから連絡があり、午後の講義がない凌也はその時間に掃除や洗濯を済ませ、かりんに食べさせるためのおやつをキッチンで作っていた。いつもかりんに家事をさせてしまっては気の毒だと思ったからだ。

廊下を進む足音が聞こえ、凌也は玄関のほうを見て首を捻る。こんなドタバタした足音はかりんのものではない。隣室の佳奈子が機嫌悪く帰ってきたのだろうと思いきや、ドンドンと玄関のドアが叩かれる。すぐそばにインターホンがあるというのに。
ちなみにかりんはドアも叩かないしインターホンも押さない。恋人という関係になってからは合い鍵を渡してあるのだ。

「出てこい、守山凌也!」

「……」

当たり前だがかりんの声ではない。聞き覚えのない、されど幼い声である。訝しみつつドアを開けたが、そこには誰の姿もない。

「ピンポンダッシュ……?」

「ピンポンもダッシュもしてねぇっての! ここにいんだろうがっ!」

叫びながらぴょんぴょんと跳ねる姿に、凌也は視線を下へ向ける。私服を着た中学生のような男の子は背が低く、長身の凌也の視界に入らなかったらしい。

「ああ、悪い。小さくて見えなかった」

「くっそムカつくぅぅ! てめぇ何センチだこの巨神兵っ!」

と、その時。

「陽向くん! もうっ、何で先に行っちゃうの!」

階段を上りきり、廊下を駆けてきたのはかりんだ。マフラーをはためかせ、息を切らして男の子を叱っている。

「だめだって言ったのに! 先輩、いきなりごめんなさい」

「謝る必要なんかねーって!」

陽向と呼ばれた少年はちらりと凌也を見、ふんと鼻を鳴らす。事態がまだ呑み込めない凌也は陽向を指差して尋ねた。

「お前の知り合いか?」

「はい。僕と同じ学科の友達で、白崎陽向くんっていいます」

そうか、と納得しながらも凌也はかりんと陽向を見比べる。陽向のほうが活発な雰囲気がありつつも、やはり二人が並ぶと中学生にしか見えない。

「今日はお前に話があって来た! 覚悟しとけよな!」

「陽向くんっ」

勢いづく陽向をたしなめようと、かりんがむっと頬を膨らませる。とりあえず、と凌也は玄関のスペースを譲った。

「上がったらどうだ。話があるのなら」

ここでもし佳奈子が帰宅したらそれこそ面倒だ。ショタショタっ、ショタがいっぱいぃ!とはしゃぐ佳奈子を想像し、凌也は二人を部屋に招くことにする。

「は、はい。すみません先輩」

かりんはちっとも悪くないのに、何故か陽向のほうが態度が大きい。狭いなー、などと愚痴をこぼしながら陽向は靴を脱いだ。

「で? 話は何だ」

六畳ほどの部屋でそれぞれテーブルの周りに座ると、凌也は陽向に尋ねる。陽向は眉をつり上げ、ばんっと木製のテーブルを両手で叩いた。

「お前がいるせいで、かりんと一緒にいられねーんだよ!」

「ひ、陽向くん…」

「いーからお前は黙ってろって。いいか守山凌也! お前がいくらかりんを好きだからって、俺だってかりんと遊びたいんだっ! 今日だってほんとはゲーセン行こうとしてたんだぞ! 邪魔すんなよなっ」

一息でそれらを言い終え、わかったか、とぜぇぜぇしながら陽向はもう一度拳でテーブルを叩く。しかしそれが運悪く角に当たり、陽向はあまりの激痛に涙目でうずくまった。

「大丈夫か」

「うううるせぇぇ! ってか手ぇ触んなあっ」

自分より三まわりは確実に小さいだろう手を凌也が撫でてやると、陽向はぶんぶんと手を振って拒否する。

「ごめんなさい。陽向くん、いつもはとっても優しいんです。だから怒らないであげて下さい」

かりんがそう訴えると、凌也はこくりと頷いて陽向に向き直る。陽向はびくりと体をこわばらせた。

「かりんがここに来るのが嫌なのか」

「嫌に決まってんだろ! 何でお前に取られなきゃならないんだよ!」

「まぁ、そんなに怒るな」

「頭撫でんじゃねぇぇぇ!」

いつもかりんにそう接しているせいか、はたまた元来のかわいいもの好きが表に出てか、つい頭に手が伸びてしまう。陽向は必死で拒み、こんな奴嫌だあぁ、と本来の目的も放ってかりんに泣きつく始末だ。

「どうして? 陽向くん。先輩はとってもいい人だよ?」

「嫌だああっこんなショタコン野郎ぉぉっ」

ショタコンではないんだが、と訂正を入れたいのを我慢し、凌也は腰を上げてキッチンへ向かう。バターを乗せ、蜂蜜をとろりとかけて仕上げをすると甘い匂いがリビングまで届いた。

「? 何だよ?」

陽向は座ったまま背を伸ばし、キッチンのほうを見つめる。しばらくして、凌也が二つの皿を盆に乗せて運んできた。

「あっ!」

皿の上では二枚重なったホットケーキがほかほかと湯気を立てている。その湯気から溶けかけのバターと蜂蜜の甘い香りが鼻をくすぐった。

「かりんがいつも世話になっているんだろう。ずいぶん作ったから食べていけ」

「よかったね、陽向くん。先輩もありがとうございます」

かりんは二人に笑いかけ、頂きます、とフォークを取る。陽向は眉根を寄せてちらちらと凌也を見るばかりで、両手は膝の上で握ったままだ。

「嫌いだったか?」

「うるせぇっ、食うっての!」

行儀よく一口ずつ切って食べるかりんとは違い、フォークをホットケーキ一枚に突き刺し、口にくわえて裂く。あふいっ、と陽向が息をはふはふ吐き出した。

「落ち着け」

「だからいちいち頭撫でんなああ!」

凌也の手を振り払い、再び陽向はホットケーキにかぶりつく。確かに一口ずつ食べていたはずなのに、先に二枚を食べ終えたかりんが空っぽの皿を見つめた。

「まだあるぞ」

「ほんとですか? えへへ」

嬉しそうに顔をほころばせ、かりんは皿を持ってキッチンへ向かう。見慣れていてもやはり驚かずにはいられないのか、陽向は唖然としていた。やがて凌也に問いかける。

「お、俺が来るって知らなかったんだろっ? 何でそんなに焼いたんだよ?」

「かりんひとりでも五枚は食べるからだ。十枚焼いた」

「……ま、負けてられねーし!」

はむっ、と陽向がホットケーキを口におさめれば、その様子を眺めていた凌也がそっと微笑んだ。

「何嬉しそうにしてんだショタコン野郎がああ! かりんー、もうこいつやだぁ……」

「えっ? ホットケーキおいしいよ?」

キッチンにいたため全く話を聞いていなかったかりんは、ホットケーキに蜂蜜をたっぷりかけてにこりと笑う。

「そうじゃねーよ! お前大丈夫なのかっ? このショタコンに手懐けられてねーかっ?」

かりんはゆるゆると首を振った。

「先輩はショタコンじゃないよ? えっと、かわいいものが好きなだけ、ですよね?」


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