・ヤンデレ気味なかりん。ホラー系のギャグだと思って下さい


とある夜。
帰宅した凌也は、アパートの自分の部屋にこっそりと侵入する。しかしドアに鍵をかけたところで玄関の明かりがぱっと点いた。凌也はびくりと身を竦ませる。

「お帰りなさい、先輩」

リビングのほうから廊下を歩いてきたかりんがにこりと笑うが、凌也はそれと対照的で気まずそうに頷いた。

「あ、あぁ。……遅くなって悪かった」

靴を脱ぎ、かりんに続いてリビングに入るなり凌也がそう告げる。いいえ、とかりんは首を横に振った。

「いいんですよ。だって、僕もたまには友達と遊んだりしますし」

「そうか。……!」

今日は学科の友人たちから半強制的に飲み会に誘われたのだ。もちろん酒の呑めない凌也はアルコールを口にせず帰ってきたが、遅い帰宅をかりんに咎められやしないかとびくびくしていた。
しかしほっとしたのも束の間、食卓の上を見るや否や凌也は絶句する。これからいったい何人でパーティーをするのだろう、といったご馳走が山のように並べられていた。

「……俺は、飲み会だと言ったはずだが」

えっ、とかりんはかわいらしく首を捻る。

「はい、電話でそう言ってましたよね」

なら何故、という顔で料理の数々を眺めれば、かりんは笑顔を崩さずに口を開いた。

「だって、飲み会ですよね? 飲むだけで、食べてはいないんですよね?」

「いや、その……」

かりんは確かにおっとりしていてときどき抜けたところもあるが、そんな常識離れした天然思考ではない。つまり、やはりかりんは怒っているのだ。

「飲み会と言うのは……酒のついでに料理も口にするもの、というニュアンスなんだが……」

「え……」

かりんの顔色がさっと変わる。そしておもむろにテーブルのそばに屈み、生気のない瞳を皿へ向けた。

「僕……お腹すいてるかなって思って、一生懸命作ったのに…」

「か、かりん?」

普段の凛とした声からは程遠い、地を這うような呪怨が聞こえる。凌也の手がかたかたと小刻みに震えだした。

「寂しくて、いっぱいいっぱい作っちゃったのに……僕のご飯、いらないんですね…」

「い、いや、いらないわけでは……」

かりんは何故かポケットからマッチを取り出し、しゅっ、と一本擦って火をつける。うつろな目で火を見つめ、料理の上にかざした。

「いらないなら全部全部消えちゃえばいいんです。ご飯も、僕も先輩も」

「待て待て待て待て」

凌也は慌ててかりんの手からマッチを奪い、火を消してかりんを抱きしめる。かりんは拗ねたような表情で凌也を見上げた。

「俺が悪かった。きちんと連絡しなかったからだろう」

「いいえ。僕のご飯なんて、先輩は食べたくないんですよね。だって、好きな人の作ったご飯ならお腹いっぱいの時でも食べられますよね」

うるうると涙を浮かべた瞳が凌也を捕らえる。
これがもしかりん以外からの台詞なら"胃袋のキャパシティは決まっているのだから誰の料理でも無理だろう"と一刀両断する場面だがあいにくそんな余裕はない。あと半世紀は生きられるだろう人生なのに、今ここで家もろとも火に包まれるのはごめんだ。

「お前が夕飯を準備したと知っていたら食べては来なかった。これは無駄にはしないから残しておいてくれ」

部屋と自分の存亡がかかっているのだ、己の胃腸を心配している場合ではない。かりんの両肩に手を置いてなだめれば、先程の笑顔が徐々に戻ってくる。

「よかったぁ。食べてくれるんですね」

「あ、あぁ。後でラップして冷凍しておく」

何日かかるかはわからないが、食べない限りは減らないのだし、かりんがまた暴走しかねない。機嫌が直ったのか、かりんはキッチンのほうへ歩いていく。

「僕がやりますよ。だから、先輩は先にお風呂どうぞ。お湯張ってありますし」

「風呂か……」

あれこれと機転を利かせたせいか、飲み会以上にぐったりと疲れてしまっている。そうするかと立ち上がって引き出しから着替えを取り出せば、料理にラップをかけながらかりんは明るく告げた。

「ゆっくりあったまって下さいね。先輩が風邪引かないように、灼熱の温度を保っておきましたから」

「……ん?」

今何か不穏な単語が聞こえた気がする。そう、灼熱、とか何とか。

「しゃ、灼熱?」

恐る恐るかりんのほうを振り向くと、はい、と天使のような笑顔が返ってくる。

「ただでさえ寒がりなんですから、お風呂でしっかり温まらないとだめですよ」

灼熱とはいったい摂氏何度くらいなのだろう。そしてそれは人体にどのような影響を及ぼすのだろう。凌也は寒さ以外の理由でガタガタと震えた。

「あー……その」

風呂に入らないという選択肢はなくもないが、それは最終手段である。僕がお湯張ったお風呂なんて、とマッチを持ち出されても困る。となると、逃げ道はひとつ。

「お前も一緒に入らないか」

これがもし脅された立場でなければさらりと口にできただろう。背水の陣に近い心境の凌也は僅かに声が上擦っている。しかし効果は絶大だったようで、かりんはぴたりと手を止めてこちらを振り向いた。その頬は赤みを帯びている。

「えっ……だ、だめです。恥ずかしいですから…」

「たまにはいいだろう。だめなのか?」

かりんはおそらくどきどきと胸を高鳴らせているだろうが、凌也も動悸が凄まじい。やがてかりんは小さく首を振った。

「だめじゃないです…」

もらった。

「そうか。お前はぬるま湯が好きだから、少し水で埋めておくか」

「は、はい。お願いします。でも……あ、あんまり見ないで下さいね」

かりんは恥ずかしそうに言い残し、リビングの隅に置いた自分の荷物へ着替えを取りに行った。



「先輩」

「ん?」

「僕のこと、好きですか?」

部屋の明かりを落とし、同じベッドに入るとかりんが甘えるような口調で尋ねてくる。ああ、と凌也はかりんの髪を撫でて頷いた。

「好きだ」

「えへへ。僕も、先輩が大好きです」

ぴったりと体を密着させ、凌也の背に手をまわしてかりんが微笑む。今日はこのまま、何事もなく眠ってくれるだろうと思いきや。ひくっ、とかりんがいきなり泣き声を上げた。

「ど、どうした」

「ぅ……っ、先輩、いつもは、好きって言ったらキスしてくれるのに……ひぅ……っ」

「そ、そうだな。悪かった」

かりんの髪を撫でつけて唇を近づければ、いやいやとかぶりを振って抵抗される。

「今日はもう、誰かとキスしたから、その気になって……っ、忘れてたんじゃないですか。っふ……ひどいです、僕というものが、…っ、ありながらぁっ」

「そんなことない。俺がそういうことをしたいと思うのはお前だけだ」

わぁわぁと嘆くかりんを抱きしめて、凌也は思いつく限りの告白を口にする。と、かりんの泣き声がだんだんと小さくなっていった。

「ほんと、ですか? じゃあどうして、さっきはしてくれなかったんですかぁ?」

涙の溜まった瞳が恨みがましく凌也を睨む。急いで思案を巡らせた凌也は、しばらくの逡巡の末に口を開いた。

「今日は、キスじゃなくて別のことがしたい」

「えっ……」

泣いたせいで赤らんでいた頬が更に紅潮する。

「そ、それって……あっ」

凌也はくるりと体を翻し、かりんの手首をシーツに縫いつけた。

「俺が浮気していないことを、お前の体で証明してやろう」

「っ、先輩……」



「先輩! 起きて下さいっ」

「ん……っ?」

かりんの慌てた声にぱちりと目を開けた凌也は、がばりと上体を起こして周りを見渡す。何の変哲もない、いつもの自分の部屋だ。

「どうしたんですか? 先輩、すっごくうなされてたんですよ?」

「あ………、夢か…」

深く息を吐き出し、心配そうに自分を見つめるかりんをぎゅっと抱き寄せる。かりんはぱちぱちと目を瞬かせた。

「ほぇ? あの…」

「俺は、今のままのお前が一番好きだぞ」

「? はい、ありがとう……ございます」

いまいち状況が呑み込めていないかりんは、どうやら怖い夢を見たらしい恋人の背中をぽんぽんと優しく撫でてやった。



***
ヤンデレかりん、普段とのギャップが凄い。というか慌てる凌也を書くのが楽しかったです。


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