・湊が変態 「よーいしょっと」 腕いっぱいに抱えた洗濯物をリビングの床に放り、湊は腰を下ろす。ローテーブルで参考書とノートを交互に見やっていた遥は顔を上げ、床を席巻した洗濯物の量にげんなりとした。 「そんなに洗濯したのか」 「そーなんだよ」 手早く洗濯物を畳みながら、湊も苦笑を浮かべる。 「ほら、最近冬用のシーツにしただろ? だから夏用のシーツも洗ったし、週一回はパジャマ洗いたいし……それプラス普段の洗濯物で、こんな量だ」 湊はジーンズくらいなら毎日洗わずとも二、三日は着回してしまえるのだが、その辺りが少々潔癖な遥に至っては一度肌に触れたものはとりあえず洗濯したい主義である。しかも遥は寒さに弱く、重ね着もかなりするので洗濯物の量は圧倒的に多い。湊の服と分けて畳まれた服が積み重なっていくのを眺め、遥はこっそりため息をついた。 「あ、これ着てくれたんだ。むふ」 両手で服の肩をつまみ、何やら怪しい笑みを浮かべて湊が呟く。それは以前、湊がバイト代をはたいて大量購入した、遥のための服の一枚だ。その際はあまりの数の多さに、湊の髪に掴みかかって返品しろと騒いだにもかかわらず、あっさりと遥の引き出しにしまい込まれてしまった。 「…仕方ないだろ」 嬉しくないと言えばおそらく嘘になる。ただ、苦労して貯めた金を自分のために使ってもらうのが忍びないだけだ。かわいい、似合うという理由であれだけの服を事あるごとに買われてはたまったものじゃない。 複雑な気持ちで唇を尖らせたが、湊は相変わらず残念な笑みを服に向けていた。もはやせっかくのイケメンも形無しである。 「やっぱり遥はこういうのが似合うよな。今度はもっとかわいいの買おう」 「………」 だめだ、こいつ。 湊が風呂に入った時にでも通帳の残高を確認しよう、と遥は密かに決心する。このままでは自己破産も夢じゃない気がしてきた。 「そういうのやめろ。もっと違うことに使え」 「えー」 楽しそうな表情から一変、へにょりと眉を下げて湊が不満げな声をこぼす。新品のおもちゃを取り上げられた子供のようだ。 「働いた金くらい大事にしろ。何のために稼いでる」 「遥に貢ぐためです」 「違う!」 平然と放たれた一言に、思わず一喝。 そんなキャバクラまがいの真似をさせるためにバイトを許可しているわけではない。そう言うと、遥の許可取った覚えないけど、と揚げ足を取られる。 「いいじゃん、俺が稼いだんだから使い道は自由だろ。遥にかわいい格好させるのもおいしいもの食べさせるのも、俺へのご褒美だと思ってさ」 「……そんなのおかしい」 いい思いをしているのはこっちのほうで、湊には何もあげていない。 湊は自分自身に気を遣わないほうだ。服も食べ物も最低限しか買わないし、金のかかる趣味があるわけでもない。まぁ食欲が食欲なので確かに食費はかさむだろうが、節約意識が高いのでそれでも安いほうだろう。間違いなく、極力自分には金を使いたくないと思っている。 だからこそ、こっちにばかり金をかけられるのが余計に申し訳なく思うのだ。 湊は小さく笑った。 「だってさ。そもそもバイトした理由は、自分の金で遥にいろいろしてあげたかったからだし。せっかく一緒に住むなら大事にしたいじゃん」 「し過ぎだ」 遥の体調が大きく崩れる夏と冬は特に気を遣っている。光熱費の心配もしないで冷房や暖房を使うのは当然のこと、冷却シートに栄養補助食品に加湿器など、ありとあらゆる手を尽くしていた。 「お前にそういうことをされても……何も返せない、から…」 ぽろりと本音がこぼれ、遥は慌てて唇を引き結ぶ。シーツを畳む湊の手が止まった。 「なっ、何も言ってないっ」 じわじわと赤らんできた頬を隠すように、顔の前で参考書を開く。参考書が上下逆さまだなんて気づく余裕はなかった。 「返さなくてもいいのに」 遥に歩み寄り、ぽんぽんと頭を撫でて湊は告げる。そういうわけにいかないだろ、と遥がぼそぼそ呟いた。 「俺は十分、還元されてるって。一緒にご飯食べたりお風呂入ったり眠ったり、そういうのはもう、いくら金があったってできないことだろ」 「あっ」 参考書を取り上げられ、火照った顔を隠す間もなく抱きしめられる。ちゅ、と額に唇が落ち、遥はぎゅっと目をつむった。 「俺はね、自分がやってることをそのまま遥に返してほしいとは思ってないから。料理とか洗濯を遥にやってもらうのも、何やかんやと金使ってもらうのも嫌だ。ただ、俺のご飯はおいしいな、俺が掃除した部屋は居心地がいいな、こいつと住んでよかったな、ってちょこっと考えてくれたら嬉しい」 以前にも聞いた覚えがある。湊は、人に尽くすことが苦ではないのだと言う。自分が幸せであるよりも、他人が幸せであるのを見るほうが幸せを感じられる、と。それが愛している人なら尚更、とも言った。 「……滅私奉公」 「はは、そんな言葉知ってたんだ?」 当たり前だ、と髪を引っ張れば殊更嬉しそうに笑う。それが何だかくすぐったくて、遥はそっぽを向いて呟いた。 「それでも、たまには……何かほしいと思うだろ」 「ほしいもの? そりゃあるけど……え、くれるの?」 期待に満ちた瞳がきらきらと光る。遥は急いで付け足した。 「物による!」 ここぞとばかりに高い値段をふっかけられてはたまらない。湊は真剣に考え込んでいる。 「物じゃなきゃだめ? 遥の愛とかは?」 「っ……そんなのないっ」 それは価値や値段以前に、心の準備が最も優先される。遥はぶんぶんと首を振った。 「んー……物、かぁ。なかなか難しいな……あ」 しばらくうんうん唸っていた湊は、やがてこくりと頷いた。 「ん、大丈夫。これなら、遥がその気になればすぐにでももらえるし」 「……物体だろうな」 最終確認にと念を押され、湊はしっかりと首を縦に振る。 「そうだよ。高くもないし」 それならまぁ、と遥が続きを促せば、湊はらんらんとした目を更に大きくした。 「遥のパンツ!」 「………………………」 「すごくね? 実質タダだし、遥が必ず持ってるものだろ! あっ、何ならそこの洗濯物から一枚引き抜」 「しね」 冷たい声を放つと同時に遥は腰を上げ、すたすたとリビングを出て行こうとする。湊は慌ててその背中に呼びかけた。 「待ってって! 俺の何が悪かったっ? 俺、別に下着フェチでも何でもないよ? ただ、遥のだから何でもほしいと思うだけで!」 「ならその筆記用具でも持ってけ」 「パンツがいい!」 「そんなものどうする気だ!」 それはその、と何やらごにょごにょと怪しげな単語をこぼし始めた湊に、遥は深くため息をつく。彼とこんな関係になってから常々変態だとは思っていたが、まさか。 「もう……好きにしろ」 「ぶっ!? え、ちょっ」 ──まさか、絆されるなんて。 遥に投げつけられた布をしげしげと見つめ、湊はうにゃーっと頬を緩める。 「ありがと遥。でも俺さ、やっぱり……」 (えっ…) やっぱり遥そのものがほしいな、とでも言うのだろうか。気恥ずかしさに床を見つめれば、何とも爽やかな笑みが向けられた。 「俺……やっぱり、これじゃなくて未洗濯がよかっ」 湊が言い終えるのを待たずして、ばたん、とリビングのドアが無情にも閉められた。 *** 湊がパンツパンツ言う話を書きたかった。その後は"洗濯済だけど遥のパンツならいいや!(;´Д`)ハァハァ"だと思います。 ↑main ×
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