・湊遥並みのえろす


「せんぱーい。朝ですよー?」

水色のエプロンをはためかせ、かりんはキッチンからベッドのほうへ歩いていく。そばのテーブルには既に朝食の準備が整っており、ハムエッグやサラダが並んでいた。

「先輩、もう八時ですよ」

ベッドの膨らみを軽く揺らすが、依然として凌也が起きる気配はない。彼とこうした関係になり、共に朝を迎えてからわかったことだが、凌也はかなり寝起きが悪い。これがもしかりん以外に起こされたものなら地を這うような声で"帰れ"と言われるだろう。

「もー……昨日は何時に寝たんですか?」

ぷっとかわいらしく頬を膨らませ、かりんが凌也に尋ねる。外から聞こえる鳥のさえずりにさえ負けそうな小さい声で、三時、と呟いたのがわかった。

「だめですよ。起きられなくなっちゃうんですから」

優しくたしなめる言葉によくわからない返事をよこし、凌也はまた寝返りを打つ。
凌也もかりんも睡眠不足には弱いほうで、特にかりんは八時間ほど眠らないと疲れやすくなってしまう。なので凌也よりずっと早く眠るのだが、そのおかげで凌也が何時に寝たのかは把握できない。まぁ、凌也の夜更かしは寝起きの悪さに比例するので何となくはわかるが。

「あと五分……」

はっきりしない声で凌也が言うと、かりんはふぅとため息をついて肩を竦めた。

「それはさっきも聞きましたよー。だからもう五分経ってます」

んん、と駄々をこねる凌也はいつも見ている凛々しさからかなりかけ離れているが、これも惚れた弱みなのか、かりんにしてみればぴょんと跳ねた寝癖でさえかわいいと思ってしまう。

(って……これって、新婚さんみたい……?)

朝食の用意を終えた妻が、寝ている旦那を起こしに来る。どこかのメロドラマのようなシーンを今の状況と重ね合わせ、かりんの頬がかぁっと赤らんだ。

「ほぇぇぇ!」

「? どうかしたか」

ぶんぶんとかぶりを振り、慌てて想像を打ち消していると、うっすら目を開けた凌也が尋ねてくる。かりんは再度首を振った。

「なっ、何でもないです!」

込み上げてくる羞恥をこらえるように、エプロンの端をきゅっと握る。と、凌也はようやく体を起こした。

「あ、あれ?」

布団をはねのけた凌也の格好に、かりんは首を捻る。寝る時はパジャマを着るのが当たり前なのに、凌也は既にいつもの部屋着姿だった。

「さっき起きた時に着替えた」

何でもないことのように言われ、かりんのほうが驚いてしまう。

「さ、さっき? いつですかっ」

「お前が台所で鼻歌を歌いながら料理してた時だが」

「聴いてたんですか!」

今度は別の意味で頬が真っ赤に染まる。確かCMで流れているポップスか何かだと思うが、まさか凌也が聴いていたなんて思いもしなかった。凌也は小さく笑い、

「あれで目が覚めない奴はいないだろう」

と、かりんの頭をぽんぽんと撫でる。ぷるぷると小刻みに震える手を握り、かりんは唇を尖らせた。

「そんなのひどいですっ、もう……。あれ? それでまた寝てたんですか?」

ああ、と凌也が首肯する。かりんは首を傾げるばかりだ。

「せっかくならお前にちゃんと起こされたかった」

「は、はいっ!?」

ということはつまり、かりんの鼻歌で目覚めて着替えはしたものの、かりんに揺り起こされるのも悪くはないと考え直して再びベッドに入った、と。

「……変ですよ、そんなの」

嬉しいと言えば嬉しいが、鼻歌を聴かれた恥ずかしさも相まって少々乱暴な言い方になる。凌也は訝しげにかりんの顔を覗き込んだ。

「変なのはお前のほうだ。起こすかと思えばいきなり赤面して奇声を上げて」

「わわわっ! それはもういいですから、ね! ご飯食べますよっ」

恥ずかしい想像を凌也に掘り起こされるわけにはいかない。凌也が言い終わらないうちにかりんは叫ぶものの、凌也にぐいっと手首を掴まれた。

「気になる」

「気にしなくていいですっ!」

「どうしても気になる」

「ダメです! ひゃっ」

凌也の手をどうにか引き剥がそうとしていると、腕を引かれてベッドに倒れ込んでしまう。そのまま体勢を入れ換えられて、凌也に組み敷かれてしまった。

「言わないとどうなっても知らないが」

「な、何でそんなに気になるんですかぁ!」

「お前のことなら何でも知りたい」

こうした台詞を、少しの照れもなくさらりと言ってしまえるところが凌也である。こうなると、かりんは白旗を挙げるしかない。

「べ、別に大したことじゃないですよ? えと……ご飯作って先輩を起こしに来るのって、何だか……新婚さんみたい、って……」

「そういえばそうだな」

「それだけですから! も、もういいですよね? ご飯食べても…」

頬が燃えているように熱い。早口でまくし立ててから、かりんは体を起こそうとした。

「ふにゃっ」

しかし凌也に再び体重をかけられ、あえなくシーツに沈まされる。何故、と凌也を見れば、やたら真剣な顔でかりんに告げてきた。

「前に読まされた本に、嫁がエプロンを付けて起こしに来た場合は好きにしていいということだと書いてあった」

「何ですかそれっ? 読まされたって、誰に……」

「成島だ」

ああ終わった、とかりんはうなだれる。佳奈子が貯蔵しているのは、おそらくほとんどがBLものの漫画や小説。凌也がいったい何を学んだかなど、自分に予想できる範囲のことではない。

「お前はその条件を満たした。そういうことだ」

「ちょっ、待って下さい! まだ、朝……んっ」

抵抗しようとした両手はシーツに縫い付けられ、唇は優しく塞がれる。表面を触れ合わせるだけの口づけが幾らか続くと、かりんの体からだんだんと力が抜けていった。

「ん……ふぅ、……っ」

キスをしながら、凌也の手が体の線を撫でていく。エプロンの下に滑り込んだ手が、インナーのボタンをゆっくりと外した。

「ん、っは……え、何で……」

「エプロンを脱がせてはいけないらしい」

(だからいったい何を読んだんですか!)

その知識は間違っていると言いたいのに、凌也はあくまで信じているからたちが悪い。インナーの前を開かれると、肌が直接エプロンに触れた。

「んん……ぁっ」

そうこうしている間に凌也の唇が首筋をなぞり、ちゅっと強めに皮膚を吸い上げる。手はエプロンと肌の隙間をまさぐってきた。

「はぁ……あっ、んぅ」

まだ柔らかい胸の尖りを指先が掠めれば、ひくりとかりんの腰が震える。そうか、と凌也が納得したように頷いた。

「ずらせばいいのか」

「はぃ……? えっ、あっ」


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