「さむ……」

びゅう、と吹きつける風に体を震わせながら、遥は帰り道を歩いていた。
つい一か月前までは少し動くと体が火照るくらいだったのに、最近は冷え込みが強まり、日が落ちると一気に気温が下がる。特に朝は寒さで目が覚めることもあり、ようやく湊が敷布を冬用に替えてくれた。湊と遥が"寒い"と体感する温度にはどうも差があるらしく、遥が布団の中で震えていても湊は平然としている時が多い。寒暖の差に弱いのも遥のほうで、自律神経がうまく働かず、季節の変わり目は疲れやすくなってしまう。

(やっと着いた……)

風に追われるように早歩きでアパートにたどり着くと、先に帰っていた湊が出迎えてくれる。

「お帰り。寒かっただろ」

「寒い」

返答もそこそこに、荷物を置いた遥はリビングのこたつに体を滑らせる。じんわりと熱に包まれ、ふう、と安堵のため息を吐き出した。

「ほら。飲んで」

コーヒーが注がれたマグカップを両手で受け取り、息で冷まして口をつける。と、湊の手がそっと頬に触れた。

「あー、やっぱ冷たいな。一緒に帰ればよかったのに」

「……ふん」

そのつもりだったのだが、遥は教授に質問があるからと研究室に赴いてしまった。今考えれば、質問を後に回してでもまだ暖かい昼に帰っておけばよかったかと思う。

「ってことで、あっためてあげ──ぐふっ」

「こたつでいい!」

両手を広げて抱きつこうとしてきた湊を押しやり、遥はもぞりとこたつに潜ろうとする。不満を漏らすかと思いきや、あっ、と湊は何かを思いついた様子で部屋の隅に駆けていく。やがて持ってきたのは大きめの袋。

「何だそれ」

「ん? そろそろ冬物ほしいなーと思って、さっき買ってきたんだ」

バイト代を服に使うような奴だったろうかと訝しむ遥をよそに、湊は景気よく袋を破って中身を取り出す。それは確かに服だったのだが。

「ほらほら、ヒートテック。かわいいだろー?」

「………ピンク…?」

湊が両手でひらりと揺らした薄い服は、あろうことか淡い桃色をしていた。一応女子からそこそこの人気を勝ち取っている湊は、当然ながらファッションセンスは決して悪いほうではない。それがまさか、こんな色のものだとは予想だにしなかった。

「本気で着るのか」

「ああ。お前がな」

はい?と。
遥の表情が一瞬固まる。

「…お前じゃないのか」

僅かにたじろいで尋ねると、

「俺がピンクなんて気持ち悪いだろ。まぁ、ヒートテックだから肌着と同じで服の下に着るもんだけど。だから安心していいよ」

にっこりと服を手渡され、遥は羞恥に震えるほかない。こんなかわいらしい服、たとえ服の下であっても着たくない。
そんな遥の心境を察してか、湊は押しの一声を放つ。

「いいの? 重ね着はあったかいぞ? どうせ見えないんだし……ん、それとも何か? 俺以外の前で服を脱ぐような心配でもあるのかな?」

後半部分は脅しを織り交ぜてだが、効果は絶大だったようだ。

「あるわけないだろっ」

「そかそか。じゃあいいよな。あ、あとこっちもかわいいよ」

遥に反論の余地さえ与えず、尚も湊は中身をあさる。ぽん、と両耳に感じた柔らかさに遥は驚いた。

「ちょっ……」

何事かとそれを外して見ると、ヘッドフォンに似た形をした耳あてである。耳あて部分が茶色のファーで覆われたそれはもこもこしていて手触りの良さを伝えてくる。

「こ……これは女がやるものじゃ…」

遥が今まで目にしてきた限りでは、このかわいらしいものを付けていた男性はいなかった気がする。そんなことないって、と湊は笑った。

「ヘッドフォンと変わりないんだし、別に違和感はないだろ。ああもう、かわいいなぁ」

再びぽすりと遥に耳あてを付け、湊はきつく抱きしめてくる。ぐいぐいと遥が胸を押して抵抗しても気にしない。

「遥さ、耳が寒いってよく言うじゃん。まぁ耳じゃなくても寒がりだからプルプルしちゃって、またそこがかわい」

「うるさい!」

ここ十分ほどで、果たして何度かわいいと言われただろう。遥が指折り数えている間に、湊は更に服を見せてくる。

「これもかわいいよー」

また言った。
小指を折った遥は顔をしかめる。
普通に聞けば服を褒めているようだが、湊はあくまでその服を着た遥を想像してかわいいと言っているのだ。
さて、取り出されたのは冬物のコート。黒に近いグレーのそれはカジュアルながらもシックにまとめられている。簡単に言うと、服のタイプが異なる湊と遥の両方が着られそうなものだ。あくまで遥のために買っている湊は、たとえ似合っても自ら着たいなんて思わないだろうが。

「遥さぁ、興味ないって言って服とか全然買わないだろ。それ、ここ一か月くらい毎日着てるし」

それ、と今着ている秋物のコートを指差され、遥はうっと言葉に詰まる。遥にしてみれば、上下の組合せがいいか悪いかもわからないのでコートさえ着ていれば楽でいいのだ。しかしそれを言うと"じゃあ俺が毎日着せ替えしてあげる"などと湊が言いかねないので黙るしかない。

「たまにはかわいい格好もさせてあげたいしー。あ、トップスも何枚か買ったから見てみてな」

ぐい、と破れた袋ごと押しやられ、遥はふと気づく。

「お前は?」

「ん?」

「自分の服は片づけたのか」

「ううん。買ってない」

はぁ!?と遥が目を見開くと、湊は小さく笑う。

「だって、遥みたいに全然ってわけじゃないぞ? たまに買ってるし、今回はいいかなって」

「……不公平だ」

自分ばかりが買ってもらっては、何だか納得がいかない。しかも一枚や二枚ではないのだから。
俯いて唇を尖らせた遥を見やり、何を思い立ったか、湊は腰を上げてキッチンのほうへ向かう。自分の荷物に被さっていたマフラーを掴んで、遥のところへと戻ってきた。

「俺はいいんだよ。お前がいれば十分あったかいし」

「んなっ……」

くるくると自らの首に巻いたマフラーの余りを、遥にも同じように巻いていく。どこかで見たことのある光景に、遥はかぁっと頬を赤らめてしまった。

「ね? あったかい」

「こ……んなのっ…」

ご機嫌な湊がぎゅうっと抱きついてくると、さっきまでは嫌だ嫌だと抗っていたのが嘘のように力が抜ける。

「これ、やってみたかったんだよなー。ん、顔赤いけど?」

得意げな笑みを浮かべる湊は間違いなく確信犯で。

「……寒いだけだ」

言い訳はこう繕うしかない。何故なら。

「寒い? じゃ、もっとくっつかないとな」



***
ばかっぷる(^ω^ω^)
ひとり寂しい私はどうすれば(ry
最近本当に寒いから。今日なんて最高気温10度ですよ10度。
そしてファーの耳あては萌え。

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